2.約束は守ろう 『その弐』 昼食は何にしよう
燈華の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
年末年始はできる限り更新していくつもりです
生徒会の用事を終え、秋姫と一緒に紡が待つ西園寺邸への帰路を進む。
新山由紀子教諭は用事で本日宇深之輪高校へは来ていない。職員室へは鍵の返却をするだけで済ませ、里見山から宇深之輪駅へ続く坂を下っていく。
高校からの一本道、夏休みに入っているということもあり学生の姿はまばらだ。
夏休み中に学校へ来るのは、部活に青春を捧げる者か冷房の効いている図書館で勉強をする者、もしくはよほどのモノ好きだけだ。
燈華も用事が無ければ休みの日まで登校はしない。
「ヒメ―。どこか寄っていく?」
「このまま帰っても良いけど、そのあと昼食を作るのは手間よね」
「アレックスにも昼食に私達の分はいらないって伝えちゃったしね……こんなに早く終わるんならお昼一緒に食べるって言えばよかった」
今朝の段階では、終わるのは早くても午後二時位を予定していた。
秋姫が部活の応援を終えて合流するのは早くてもお昼頃、そこから昼食を取らずに作業をしても終わるのは一時過ぎから二時前。
アレクサンドラ達には燈華と秋姫の昼食は用意しなくて良いと伝えている。
今から帰っても、燈華達のお昼が用意されていることは無い。
余談だが、予定よりも早く作業を終える事が出来たのは、大和田美都子が優秀であり、自身の終える予定だった宿題を途中で切り上げてまで手伝ってくれたからである。
「選択肢としては、駅中のお店か駅前のチェーン店、後は『シュテルンシュヌッペ』かなって私は思っているんだけど……ヒメ、他に選択肢ってある?」
「私もそんなところだと思う。
駅前のチェーン店は避けたいっていうこと以外は特に希望も無いよ」
「私も駅中か、シュテルンのどっちかって思っていたし……久しぶりにシュテルンの方でいい?」
「いいよ、とかちゃんに任せる」
周りに誰も居ないことを確認し終えると、秋姫はいつも通り『とかちゃん』と燈華を呼ぶ。二人きりの時や、親しい者の前でのみ使う呼び方だ。
目的地は喫茶『シュテルンシュヌッペ』。長いから常連の人たちはシュテルンと省略して呼んでいる静かな時間を過ごせるお気に入りのお店。
「ありがとう」
「どうしたの?」
「駅前のチェーン店を避けたいってヒメが言うのは私に気を使ってでしょ?」
「それもあるんだけど、今日は『人除けのお守り』を持ってくるのを忘れちゃったんだよね。
弓道部の練習に付き合うことになったキッカケもお守りが原因だし……最近は少し気が緩んでいるのかもって思って」
秋姫が自作した『人除けのお守り』は、人からの関心を退け、紛れる為のモノ。秋姫は弓を引くときは誰にも見せないように心がけていたし、用心を重ねて人除けなんてしているのは、弓道のしつこい勧誘を遠ざけていたからだ。
運悪く調子が悪い時に弓の練習を見られてしまい、たった一度だけ練習に付き合うのを条件に金輪際の勧誘を断っていた。
しかし、秋姫にとっての不運は重なる。
燈華と一緒にたまたま駅前のチェーン店で友人と待ち合わせていた時に、ナンパにあってしまう。
まったく興味がない相手からの、明らかに身体を狙っての良い寄りに、ただただ不快感だけを覚えた。
知り合いの警察官にすぐさま連絡を取り、その場は上手く収めることができたが、それで諦めるほどナンパをしてきた連中の頭は良くない。
ナンパグループは半グレ集団と繋がりがあり、集団を率いて家にまで押し寄せてきた。
ソレが、この町で彼らを見た最後の瞬間となる。
魔法使いという超常の相手が、虫けらの命を吹き消すのに躊躇する訳が無いということを自身の最後の経験にして、彼らはこの世界から消された。
この事は町でチョットしたニュースになったが、それよりも祖父母の手を煩わせたことが燈華の心に棘を刺した。
「またナンパされるのは面倒だよねー。
また同じようなことされると、紡と流ちゃんがね……」
「紡さん、嬉々として魔法の実験に使いそうだよね。
流哉さんがどんな行動に出るのかは分からないけれど」
「流ちゃんは……燃やすと思う。塵一つ残さずに」
「消防車とか来たら面倒だよね」
変な連中に絡まれるのはこの上なく面倒だけど、それ以上に友人や想い人が起こす行動に伴う面倒事の方が大事になりそうで、抱えられない程の面倒事なんて想像したくもない。
秋姫と話しをしながら、若干暗い気持ちにもなりつつ、目的地へようやくたどり着く。
駅前から程よく離れた路地裏にひっそりと佇む喫茶店『シュテルンシュヌッペ』。
宇深之輪という町に城を構える企業の社長達が愛する老舗であり、この町に住みついた魔法使いの全員がお気に入りにしているスゴイお店。
「マスター。二階の席、空いていますか?」
「冬城様、大津様、いらっしゃいませ。
少々込み合っておりますが、空いていますよ」
「二階の席でお願いします。
二人とも注文は『おまかせ』で、飲みものは食後にアイスコーヒーと冷たい緑茶をお願いします」
「ご注文、承りました。
料理の提供まで少しお時間を頂きますが、大丈夫でしょうか?」
「急いでいないので大丈夫ですよ」
祖父母や秋姫、紡と食事をしに来た時は常に『おまかせ』を頼んでいる。詳しいことは知らないけれど、祖父母から教わったこのお店での食事の仕方だ。
お茶をしに来る時だけはメニューを開くけれど、それ以外ではメニューを開かないのが冬城の在り方であり、燈華が引き継いでいくこと。
「運よく二階の席が空いていて良かった……下の席でも良いんだけど、ゆっくり落ち着いて食事がなかなかできないんだよねー」
「この時間だと常連の人たちが食事を取っている時間だからね。
埋まっている席のほとんどが知り合いの社長さんたちだよ」
埋まっている席のほとんどが常連さんたちで、皆それぞれの指定席がある。それぞれの席で、それぞれが好きな物を食べているけれど、全ての注文に共通しているのは『おまかせ』であること。
二階の席で食事をする常連は、おまかせ以外を頼まないのが決まりだ。
「燈華ちゃんに秋姫ちゃん、奇遇だね」
「流我おじ様、相席よろしいかしら?」
「どうぞ。僕はそろそろお暇するけれど、それまでの間なら」
「ありがとうございます」
二階の席に来るとだいたい知り合いに会う。祖父母と親しい間柄であるならば相席をして少々の世間話に付き合うのが付き合いというモノである。
今回はたまたま流哉の父親だが、それでも知り合いの中でも親しい部類に入る。
「今日はどうしたの?
宇深之輪高校は夏休みに入っていたはずだけど」
「私は生徒会の雑用を済ませに休日出勤です」
「私は弓道部に頼まれて射法八節を見せに。どうしてもとしつこく頼まれて、断るに断り切れなくて。
午後からは燈華ちゃんの手伝いをする予定だったんですけど……」
「勤勉な友人に貸し一で助けてもらったら思いの外早く終わりまして」
日常の会話だ。まごうことなき日常の会話をしている。
「そうか、それは災難だね。
ところで、流哉は上手くやって行けそうかい?」
神代流我の話題の振り方は上手くない。
今日出会ったのは偶然だが、その機会に情報を収集しようという魂胆は丸分かりだ。
聞きたいのは流哉の心配というよりは、燈華達と上手くやって行けそうかといったところだろうか。
「まだ何とも言えないですね。
今日も教えてくれるっていう約束すっぽかして大学の方へ行っちゃうし……」
「私の方も、何とも言えないですね。
ただ、これからの在り方には期待をしています。私達に流哉さんという存在が、多かれ少なかれ影響を与えてくれると」
燈華と秋姫の解答を聞き終えると流我は満足そうに頷いてコーヒーを飲み始めた。
店主の奥さんが二階へ上がってくるのが見え、厨房と繋がっている簡易エレベータを使って料理をまとめて運んでくる。
その中に燈華達の分も含まれていたらしく、お待ちかねの昼食が到着した。
「お待たせしました。
冬城様のご注文、シェフのおまかせ『夏野菜と若鳥のソテー、海のリゾット』です。
大津様のご注文、シェフのおまかせ『夏野菜の天麩羅とザル蕎麦』です」
燈華も秋姫も季節感のあるモノを好む傾向にある。
今回のメニューは共に夏野菜を上手く取り入れたモノ、チョイスの仕方も非常に好みだ。
「二人ともゆっくり食事を楽しんで。
奥さん、二人の料金は僕の伝票につけといてください」
「流我さん、悪いですよ」
「いいの、いいの。年上の面子を立ててよ。
追加で何か頼むのなら、ソレは自分たちで払うってことで」
流我はそう言うと自身の伝票を持ち、席を立つ。
多くの知り合いはこう言って燈華達の会計を持ってくれる。
その昔、祖父母に同じように世話になったからと言って、『今度は君たちがより若い者に奢ってあげればそれでいい』と、同じことを言っていく。
コレもまた、この店に通う常連の間で繋いでいく伝統っていうものらしい。
「それでは、遠慮なく」
「ごちそうになります」
流我は振り返ることなく手を振りながら一階へ下りていく。
奢って頂いた以上、感謝を込めて頂くのが礼儀である。
料理を作ってくれた店主と、奢ってくれた流我の二人に感謝を込めて―――
「「いただきます」」
昼食の時間にしては少し遅めの、女子高生がするような昼食とはかけ離れたものが始まる。
学生という身分には高級すぎるが、ココでの食事をする程度の収入を自前で賄えている。
神秘に関わる仕事は高給取りだけど、その分危険も多い。
こういう場所で贅沢をするのは心の健康を保つに丁度いいと祖父母に聞いていたが、ココでの食事は心を健康にする。
最近イロイロあり過ぎてイラついた心を大いに癒す時間にしよう。
今回の話し、どうでしたか。
少女達の昼食事情の一面です。
静かに食事をするのも苦労がつき纏うもの。
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