1.約束は守ろう 『その壱』 始まらない夏休み
燈華の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
年末年始にはできる限り更新していくつもりです
サブタイトルを変更いたしました
夏休み前に済ませきれなかった生徒会の雑務は、予定通りお昼前には終わらせた。
秋姫を弓道部に取られてしまった燈華は、たまたま学校へ来ていた大和田美都子を捕まえて生徒会室へ引っ張り込み、雑務を手伝ってくれたのが大きい。
代わりに休み中のどこかの日に美都子の妹たちの宿題を手伝うことになってしまった。
何かを得る代わり何かを差し出すのは、契約を重んじる魔術師達の絶対のルール。
面倒な雑務を終わらせられたのは良いが、代わりに拘束される日が一日増えてしまったのは……僅かな判断ミスが招いた大いなる過ちだ。
「それで、燈華ちゃんは落ち込んでいて、美都子さんは満足げな表情をしている理由ですか」
秋姫の呆れたような物言いに、燈華はぐうの音も出ない。
お昼前に終わらせる事が出来なくても、午後からは秋姫が手伝ってくれると言っていたにも関わらず、一人で引きこもって作業をしている姿を想像して淋しいと感じてしまい、たまたま図書館へ宿題を片付けに来た美都子を言葉巧みに誘った。
誘った所までは良かったハズだったのに、美都子からの善意の一言を鵜呑みにしてしまったのが落とし穴。
宿題を終えた美都子に書類作業を手伝ってもらった。手伝ってくれている間の雑談に上手く弟や妹の話題を混ぜつつ、気が付けば下の子たちの宿題を一人で見るのが大変で手伝って欲しいという話しになっていた。
「燈華ちゃん、頑張って。私は応援しているね」
秋姫から想像通りの無慈悲な言葉を頂いて、燈華は最後の書類に目を通す。
部費の増額申請だったが、まったく活動の実績がない映像研究会である事、たった今の出来事があって燈華の機嫌が悪いこと、増額理由が高性能の最新型カメラ購入費であったこと。
一切の躊躇なく却下のハンコを力強く押して、夏休み前に終わらせる予定だった仕事に片を付ける。
「姫―。手伝って……欲しいな」
「残念だけど私も用事が山積みよ」
取り付く島もないとはこのことだ。
秋姫が紡から頼まれごとをしていたことも知っていたし、錬金術の勉強の為に魔導器の製作をすることも知っていたし、頼まれごとを断らない彼女が弓道部の手伝いを初日以外の全て断っていることも知っている。
あれ、コレで手伝って貰おうとしている燈華が無茶を言っている自覚が……
「それに燈華ちゃん。紡さんから頼まれごとをしていること、忘れてないよね?」
紡から『魔術の勉強をするから夏休みは予定を空けておくように』というアリガタイお言葉を頂いている。
紡との約束をすっぽかす訳にはいかないけれど、美都子との約束を無かったことにもできない。
紡からの小言を貰うことはほぼ確定なわけだけど、燈華の管理能力の甘さが招いたことなので甘んじて受け入れるしかない。
「二人が良く言っている紡って子、燈華がよく『シュテルンシュヌッペ』で待ち合わせしているお嬢様で合っている?」
美都子が知っている事に若干驚きを感じつつも、喫茶『シュテルンシュヌッペ』で待ち合わせをする人は紡以外に心当たりはない。
たまにアレクサンドラやクリストファーを連れていく事もあるけれど、それなら外国人と表現するはずだ。
しかし……紡の家に行ったこともない人が何でお金持ちと分かるんだろう。
「そうだけど、なんでお嬢様?」
「だって放課後に待ち合わせしていたでしょう?
燈華が制服姿で待ち合わせている相手が男じゃないかって、ワクワクしながら駅前のハンバーガー屋から見ていたら、待ち合わせ相手が水乃宮のお嬢様学校の制服を着ていたからさ……もう、ガッカリしたって」
紡と学校帰りにお茶をするのは出会った時からの習慣になっている。それこそ美都子との付き合いが始まるよりも前から。
誰かに話したことは無いし、知っているのは同居している面々や祖父母くらいだと思っていたのに、あずかり知らぬところで噂話は広まっているようだ。
それにしても、会っている相手が男じゃないくらいでガッカリされるのは腑に落ちない。
「別に私が誰と会っていたってどうでもよくない?
この学校の連中なら知っているじゃない、私が誰かと付き合うなんてないってこと」
入学式のその日に告白をしてきた全く知らない人を手酷く振ったのは、今も学校中で知らない人はいないと言われるくらいに有名だ。
毎日のように告白を受けていると、断り続けるのが面倒になってくる。誰とも付き合う気はサラサラない、心に決めた相手がいると、興味本位で聞いてきた新聞部の取材に応えた。
それでも佐東のように告白してくる困った奴等はいるけれど、新聞部に取材を受ける度に答えていたら知らない連中はモグリだと言われるくらいには広まってしまった。
「知っているからこそ、最近は興味深い噂を聞いたんだけど」
美都子の眼が獲物を狙う鋭いモノに変わるのを感じた。
最近なんて学校で噂になったのは、『自称イケメン佐東』を振ったこと、デマの噂話しを否定する為に全校放送を使ってまで潰したこと、それから歴史科の笹山を自宅謹慎に追い込んだくらいのハズ。
美都子がワクワクするようなものは無かった気がするし、興味を引くようなことも記憶にない。
「秋姫も一緒に居たっていうのは驚いたけど、燈華が男性と親しそうに歩いていたって言う話しを詳しく聞きたいな」
見られていたとは思っていたけれど、噂として広まるのは早すぎる。
流哉と一緒に歩いていたのは昨日の事、僅か一日足らずで不特定多数の人に噂が広まっている。我が高の生徒は優秀なのか馬鹿なのか、能力の使う先を間違っていると思う燈華はおかしいのか。
「お爺様の知り合いで、幼い頃からの知り合いよ」
「などと燈華は申していますが、秋姫さん真相はどうですか?」
燈華の解答が望んでいたモノじゃないと判断すると即座に秋姫へ標的を切り替えている。
秋姫の瞳をジッと見つめて、喋らないでねという意思を送る。
秋姫は手元の書類へと視線を一度落とし、わざとらしく溜息を一つ付き、眼鏡を外す。
秋姫が面倒くさがっている時の仕草を視界に捉えると、この先の行動に思いつく。燈華を助ける気は無さそうだということが、長い幼馴染としての付き合いで導き出した答えだ。
「燈華ちゃんは嘘を言っていないけれど、それだけじゃないってこと以上は私から言うことは無いわね」
「えー。ひーめー」
秋姫の対応に一安心するものの、口パクで伝えて来る『一つ貸しね』に感謝をするのはやめにした。
一つ、また一つと、貸しが重なっていく。
このままでは燈華が返済を終える前に重なり続けていき、雪だるま方式で膨らみ続けていつか破産を迎える。
「さてと、私の書類も片付いたし、ようやく夏休みに入れるかな」
燈華は無理矢理に話しを遮り、書類や申請書の束を認証済みと却下ごとにまとめて、認証済みの束だけを隠し金庫に入れる。
却下の書類の束をあからさまに置いてある金庫の中にしまう。過去に起きた事件からの反省点としてダミー用の金庫に偽物を入れるようにした。
書類を片付け終えると燈華以外は帰る準備は完了していて、机の上に残されているのは燈華のシャーペンたちだけ。
「じゃあね、燈華。約束忘れないでよー」
「分かっているよ、みっちゃん。
後で空いている日をメールで送るから、日程のすり合わせはその時に」
「美都子さん、良い夏休みを」
「姫もねー」
颯爽と挨拶を交わして美都子は生徒会室を出ていく。
友人たちは楽しい夏休みへと突入していき、燈華は修練の日々へと入って行く。
紡へのお願いと、流哉との約束が、燈華を魔術師として完成と言われる領域へ押し上げるのは間違いない。
しかし、燈華はそれで満足する気はない。
魔法へ至るという願いを成就させる為に、逃す事の出来ない機会を与えられている。
魔法使いに、それも二人から同時に教えを受けるという奇跡は、望み欲して得られるモノではない。
そのことを胸に、生徒会室の戸締りをして夏休みへ入って行く。
今回の話し、どうでしたか。
新章突入第一話となります。
始まりは燈華の視点、流哉が大学で立花の手伝いをしていた頃から。
夏休みという輝かしい一面に背を向けて、少女は奇跡を学ぶ道へ
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