30.大学からの帰り道で 『その参拾』 そして日常は巡る
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
今回はあえて地の文の流哉にルビ振りをしていません。
地の文の視点は引き続き前書きに記載していきますが、
地の文における『わたし』や『オレ』と言ったルビふりを止めようと思っています。
読んでいて混乱してまったら、この話しのコメントか筆者の活動報告へコメントを頂ければ幸です。
今章はこの話しで終わりです。
次回から新章が始まります。
研究室の壁掛け時計を見ると、夕方の五時になろうとしているところだ。
流哉が『宝物庫』への入り口を開いた時から戻って来るまでの間に、誰かがこの場所を訊ねた形跡はない。
研究室の主である立花が戻って来たという形跡もない。
転がっているクッションを枕代わりにソファーへ由紀子を横たわらせ、研究室の備品である電気ポットに水を溜めて電源を入れる。
立花の椅子を拝借し、由紀子の目覚めを待つ。
強い暗示をかけたわけでは無いが、魔術への耐性を持たない一般人への術の行使だ。どのような結果をもたらすのかは目覚めてみるまで分からない。
「眠りの術を一般人に使うなんて……なんで面倒事はこうも立て続けに来る。
由紀子さんや胎児が強い魔力を持つキッカケになったらと思うと面倒だ」
生命である以上、僅かでも魔力というモノは持っている。
精気であったり、覇気であったり、霊力だとか法力だとかいう類で呼ばれる。
呼び方が違うだけで、何かしらの術の行使に必要なモノということが共通点。
僅かな量を持っているだけなら何の問題もないが、突出した力を持ってしまえば面倒ごとに巻き込まれる。
そうなれば面倒を見ることになるのは流哉だ。半人前の面相を見なければならないというのに、そこへお荷物が増えるのは避けたい。
「聞こえていないとは思うけど、由紀子さんが思うほど魔法は便利で素晴らしいモノじゃないよ。
貴女は魔法使いというモノを分かっていない。
何も知らない連中は馬鹿のように『魔法をよこせ、与えろ』なんて言うけれど、奇跡の力が簡単に得られる訳がないだろう」
誰に聴かせる訳でもなく、ただ独白を続ける。
もしかしたら立花の奴が盗み聞ぎしているかもしれない、由紀子が無意識で聞いているかもしれない。
ただ、そんなことはどうでもいい。
聞きたいのならば聞けば良い。
魔法使いが抱える悩みを少しは知ってから魔法を求めろ。
「魔法は誰かから与えられるモノじゃない。
絶え間ない研鑽の果てに掴む場合もあれば、神の気まぐれのように得ることもあるが、準備し続ける心にだけ奇跡は舞い降りてくるんだ。
魔法を受け継ぐと言っても、絶え間ない努力を続け、魔法に認められたら魔法を継ぐことができる。その努力が必ずしも報われることは無いと知りながら、研鑽を積み続けるのは並大抵の精神じゃ無理だ」
同胞に加わる瞬間を見届けたこともあれば、後継者に恵まれなかった魔法を回収したこともある。前者の場合は新たなる同胞を祝福し、後者の場合は怨みを買って命と魔法を狙われた。
同胞とは仲良くやっているが、怨恨を募らせた復讐者は一人残らず始末してきた。
「魔法は万能の力だと勘違いしているかもしれないけど、魔法は奇跡の一面でしかない。
本当に万能の力なんていうモノがあるとするならば、それは奇跡そのものを置いて他にはない。
それに、魔法を何のデメリットのないものだと考えている連中が多いのも腹立たしい。人知を超えた神に等しい力の行使をする魔法が、一切の代償もない便利な力な訳ないというのに」
魔法使いを目指したモノなら代償を払う事は織り込み済みだが、神の気まぐれで魔法に至ってしまった連中は突然奪われる代償に困惑する。
友人の一人に信仰心が高く、協会に連なる高僧だった奴がいる。極限にまで高まった信仰心は、魔法と引き換えに契約を結んだ神に取り上げられる結果を迎えた。
今では上手く折り合いを付けられたらしいが、当時は酷く荒れていた事を記憶している。
「もし、由紀子さんが魔法に至ったとしたら、その優しさを代償として差し出すことになるだろう。そうなった時、貴女は果たして正常な精神でいられるだろうか。
もっとも、由紀子さんが魔法に至る可能性はない。
誰かの為の魔法なんて甘い考えを持っているようじゃ、奇跡の力は掴めないよ」
魔法を得たいのならば、結局は自身で掴み取るしかない。
研鑽を積み続けた先に魔法へ至るのが正道。自身の力の証明であり、自身の歩みが『正しかった』のだと、神に認められたのだという自負が、魔術師を魔法使いへと変える。
神の気まぐれに選ばれる場合もあるが、見方を変えれば神に選ばれる程に一つのモノを極めたということだ。神に届くまで一芸を磨き続けるということは、全てをそれ一つにかける強い意思が必要となる。
魔法を得るのに楽な道はない。
細く険しい道のりで、引き返す事の許されぬ過酷な条件を飲み込み、一歩先に道があるかどうかも分からない暗闇を彷徨い続けるようなモノ。
魔法という僅かな蛍火を求めて一生を棒に振る覚悟が求められる。
「怖い思いまでしたっていうのに記憶は失って、肝心の出来事は何一つ持ち帰ることができないなんて皮肉だよな。
そんな由紀子さんにオレから絶望をプレゼントしよう」
由紀子の頭部に人差し指を向け、一つの術式を発動する。
記憶は消した、次に消すのは魂に刻まれた情報だ。
流哉の情報を手に入れられるなら、何人殺しても構わないという過激な連中への対抗策。魂への干渉を可能とする魔法には及ばない魔術の秘奥、研鑽をまともに積まないような連中へ見せるには惜しい気もするが、実力の明確な差を知り絶望するがいい。
「魔術の秘奥を刻もう、『魂への刻印付与術式』を死に際に見る栄誉に感動しながら散るといい」
魂へ本人が持つモノとは異なる情報を刻み込むのが『魂への刻印付与術式』の効果。
術の発動そのものが難しく、まともに起動することができるモノの方が稀有で、刻み込める情報量が術者の腕次第という欠陥のある術式と研鑽の足りないモノは言う。
祖母から聞いた話しをそのまま鵜呑みにするのであれば、『魂への刻印付与術式』の成立は神代にまで遡るという。この術を上手く行使できないのは、術師が術の求める格と技量に達していないか、そもそも魔術という神秘を扱うに足り得ないかのどちらかだと。
「最高のトラップの中に最高の絶望を込めて。
由紀子さん、貴女の意思に関わらず厄介ごとの方からやってくるだろう。
オレはこれ以上の面倒を持ち込まれるのはゴメンでね、貴女を利用させてもらうよ。
一切の恨み言は言いっこなし。元々は余計な事にクビを突っ込んだ貴女が悪い。
それに、魔法使いに何かを求めて何の代償も無いと思うのは……甘い、甘過ぎる」
由紀子の魂へ呪いを刻印していく。刻印された本人にも家族にも、これから生まれて来るのであろう子供にも一切の影響はない。
呪いの影響があるとすれば、それは魂から情報を抜き取るか覗きこもうとした場合だけだ。普通に生活をし、生きて行くだけであれば一切の影響はなく、呪われているとは本人含め誰も気付くことは無い。
魂へ刻印した呪いは魔力を蝕み練ることができなくなるというモノ。
触れてはならないモノ、開けてはならないモノに手を出したモノの末路は決まっている。
「そろそろ起こして送って行くか」
夕焼けの赤が濃くなっていく。
日はまだ沈み切らないが、時刻が夜へと移り変わっていく時刻。
魔法使いや魔術師、一般からかけ離れたモノ達にとっては動き出すのに丁度良くなる時間。これ以上遅くなると、由紀子の旦那が心配しだすかもしれない。
「由紀子さん、そろそろ起きなよ」
未だ寝息を静かにたてる由紀子の肩を軽く揺さぶる。
徐々に意識が覚醒しだすのを感じ取り、研究室の備品からインスタントコーヒーを拝借して紙コップに適量入れ、沸騰したてのお湯を注ぐ。
由紀子と向かいあうようにソファーに座り、彼女の意識が覚醒するまでの僅かな時間をチビチビとコーヒーを飲みながら待つ。
幸いにも由紀子は眠りから意識が覚醒するまでに長くかからないタイプのようで、紙コップの中身が無くなるよりも早く起き上がるだろう。
「流哉くん? ここは?」
完全には覚醒しきっていない由紀子が訪ねて来る。
上手く記憶は消えているだろうか?
流哉が失敗なんて億が一にも有り得ないが、記憶を消しすぎている可能性はゼロではない。
「話していたら眠くなったっていう由紀子さんに気にせず寝たら良いと言って、そのまま今に至る訳だけど、寝ぼけている?」
確認するように誤魔化しと騙しを混ぜながら話しかける。
欠落している記憶に対して嘘の情報を入れることで記憶を意図した方向へ改竄する。
人の脳とは非常に優秀な器官だ。欠落した部分を埋めるべく情報を繋ぎ合わせてつじつまを合わせようと動いてくれる、非常に優秀である。
「ええ、大丈夫。寝ぼけていたみたい」
「そう。それならそろそろ帰ろうか、遅くなったし送って行くよ」
「そうね……って、今何時?」
「そこの時計を見れば分かるよ」
壁にかけてある電波時計を指さし、紙コップの中身を飲み干す。
時計の時刻は十七時半。
時刻を確認した由紀子が慌てだすので、『旦那さんに電話でもしたら? 戸締りはオレがしていくから』と助け船を出せば、『ありがとう。悪いんだけど、お願いね』と言い残して研究室を出ていく。
「ハァ」
一つ溜息を吐き出す。
見た目と魔眼で見通した由紀子の魂に一切の違和感はなかった。
心配は余計な取り越し苦労で、記憶も上手く脳が補完しているようだ。
スマートフォンを数回操作して、簡素なメールを送信。
部屋に置いてきぼりになっている荷物を拾い上げ、研究室の電気を落とす。しっかりと入り口を施錠したことを確認し、鍵を返却すべく事務室を目指す。
研究棟の外では由紀子が旦那に電話をしているハズ、事務室を通って行けば直ぐに合流できるだろう。
「立花教授の研究室の鍵です」
「はい、返却を確認しました」
事務的なやり取りを終え、外に出ると由紀子が丁度電話を終えたところだった。
先ほどまでの慌てた様子はない。
しっかりと連絡が取れて一安心といったところだろうか。
「連絡は取れた?」
「ええ、大丈夫」
「それなら送って行くよ。父さんから聴いて家の場所は知っている」
「流我おじ様から聞いたって?」
「つい最近まで借家暮らしをしていた事とか、今は神代の賃貸住宅街に仮住まいをしている事とか」
一言事実を言う度に由紀子は声にならない悲鳴を上げる。
まだまだ言いたいことはあるが、これ以上の話している時間はない。
どうでもいい雑談を重ねている内に、紡の幽霊車両が迎えに来ている。
由紀子を先に乗せ、運転手のような存在へ行き先の変更を告げる為に真後ろの座席に乗り込む。
「ジンダイの社用住宅街へ立ち寄ってくれ」
帽子を目深に被って顔が見えない運転手はコクリと頷き、静かに車を発進させる。
この運転手はいつ見ても面白いモノだと思う。
外側だけは年代物の車両だが、魔力以外の一切のエネルギー消費を必要とせず、他者から知覚されず、走る道はどれだけ混んでいようと関係なく進んでいく。
オマケに運転手は出自の分からない凄腕の幽霊と来れば、流哉達からすると面白い以外の何物でもない紡のオモチャ。
「由紀子さん。一切の質問はなし、話しを遮るのもなし、到着まで黙って聞いて欲しい」
本来であれば疑問を挟む余裕が与えられているが、『宝物庫』内で感じた恐怖を身体が覚えているハズだ。
恐怖は与えたら直ぐの内に身体へ覚えさせるモノ、反逆の意思などが芽生える余地が無いほどに刷り込むモノだ。
「魔法や魔術に関して記憶からは消したけど、しっかりと説明はした。
由紀子さんには幾つかの魔術をかけてあるけれど、ソレは由紀子さんを守るためのモノ、受け入れて欲しい」
驚きを隠せない様子だが、何を聞かれても答えない。
話しかけられるよりも前に続きを話そう。時間というモノは、全てにおいて有限らしいからな。
「魔法を求めていたけれど、由紀子さんには資格がない。魔法は万能の力なんて素晴らしいものじゃないし、必ず代償を求められるモノだ。
多くの連中は魔法が放つ神秘性、その光だけを追い求めるが……莫大な代償を支払うという暗闇から目を背ける。
神秘の最奥に位置するのが魔法だ。通常の努力なんかで届くモノじゃない上に、資格を持っていても選ばれなければ得ることも出来ない。
魔法に奇跡を求めたい気持ちは分からなくもないが、魔法使いは他者に力を貸すことは無い。
奇跡の力は掴み取った奴だけのモノ。オレも魔法は自分の為だけに行使するし、他者の為に使うことは絶対にない」
魔法に夢を見る時間は早々に終わらせてやるのが、彼女に対する流哉なりの優しさだ。
一般人は魔法使いに関わらない方が本人の為……なんて綺麗ごとを言う気はない。流哉がただ単純に面倒なことを抱え込みたくないだけ。
車は渋滞地帯を抜け、目的地付近にまで迫っている。話しの切りも良いし、流哉から話す事もない。
目的地へ着いたのは、話しを終えてすぐの事だ。
降りる前に何かを言いたげな顔をしていたが、『旦那さんが待っているよ』と声をかけると、素直に降りて待っていた旦那と家に入るのを見届ける。
長い長いと思っていた一日がもうじき終わる。
願いが叶うというならば、もう何もなく終わって欲しい。
レルから小言を貰うことを頭の片隅に置きつつ、明日の自分へ丸投げして、本日の自分は休ませて欲しいと、叶う訳の無い願いを浮かべて紡の屋敷へ向かう車に揺られている。
今回の話し、どうでしたか。
今回、一話の文章量としては最大です。
長いと感じさせてしまった方には、申し訳ありません。
今回の章は宝物庫にフォーカスを当てながら、
由紀子という人間のありようについてがテーマでした。
由紀子に関しては今回で一段落となります。
次回からは燈華達との話しなりますので、期待して頂ければ幸です。
お読み頂き、ありがとうございます。
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