29.大学からの帰り道で 『その弐拾玖』 消される記憶
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
今章もそろそろ終わる予定です。
未だに椅子に座ったまま青い顔をしている由紀子を見て、どうしたものかと思案する。
十分な恐怖は与えたはずだ。
これ以上の恐怖は母胎によくないのは無知な流哉でも分かること。
絶滅をした植物を見て、僅かでも考えてしまったのだろう。
『コレだけの素材があれば、新たなる薬ができ、実験の結果に応じて人はまた一つ病や困難を克服でき、より豊かになっていくことができる』
人という種の繁栄を考えるのであれば何が何でも欲するモノ。科学の発展の為という免罪符をかざして、金儲けの為に根こそぎ奪いつくそうというのが、人間が潜在的に抱える罪だ。
流哉は人という種を信用していない。何故なら、流哉へ面倒事を持ち込む厄介極まりないモノでしかない。
面倒事はさっさと済ませてしまうに限る。
「由紀子さん、これ以上は何も考える必要は無い。
貴女は、“何も考えずに眠る”といい」
由紀子に対して発動した術式は、『深い眠りへの誘い』。
意識を強制的に刈り取り、術の効力が切れるまで眠りにつかせる。流哉たち魔法使いには効かないが、眠る生物に対しては限りなく有効である。
余計な戦いや、面倒な相手を退けるのが一般的な使い道。
術師同士であれば、研鑽を積み続けた歴戦の魔術師にすら一瞬の隙を生ませ、逆転の一手を用意する時間を作り出すのが主な使い道だ。
魔力量が多く、より練られた方が強いという神秘の力を行使するモノ達の中でも、『深い眠りへの誘い』に関してだけは、当たった瞬間から効果が発揮する例外ともいえる術式として知られている。
「世話になったな。
この人を連れて来たのはオレの判断ミスだった、すまない」
意識を失った由紀子に浮遊の術式をかけて運ぶ準備をする。
記憶に関しては封じる術をかけてはあるが、薬草に関しては記憶を消した方が由紀子自身の為にもなるだろう。
過ぎたモノを求めてはならないという戒めにも丁度いい、記憶を覗けたモノへの最大の警告となる。誰の手にかかって記憶を消されたのか、そこまで踏み込んだ時には仕込んだ呪いが発動し、木乃伊取りは木乃伊となり果てる。
「汝のその記憶を奪う」
由紀子の記憶領域から、眠りにつくまでの僅かな時間の記憶を消し飛ばす。
恐怖を刻み込まれた経験は消せないが、薬草を見たという記憶は消される。
記憶を読み込む魔導器でも、記憶を読み取る魔術であっても、消し去られた過去を覗きこむことは出来ない。記憶を読み取るだけの魔法というのは聞いたことが無いが、仮にその魔法が発現したとして、覗きこんだ時には由紀子が体験した恐怖を追体験することになる。
まともな精神をしているならば、流哉の怒りを買ってまで対立しようとは考えない。
対立するのならば、魔法を一つ回収することになるだけだ。
「ディーア、不快な思いをさせて悪かったな。
レル、シルフェ。ディーアの事を頼む」
由紀子の荷物を『宝物庫』の鍵の力で出口の辺りへ送っておく。座標を指定して送らないと『宝物庫』の外へ吐き出し、余計な事を引き起こしたらそれこそ面倒なことになる。
避けられる面倒なら、その為の労力は喜んでしよう。
ここ最近、ロンドンを出る直前から面倒事が続いている。これ以上の面倒事は正直勘弁して頂きたい。
『今回のことは見逃してあげるけど、やはり人という種族は救いようがないわね』
黒薔薇が花弁を散らしながら枯れていく。
言いたい事だけを言って、妖精女王の化身は消えていく。ソレに対して何かを思うことも無ければ、反論をする気もない。
祖母の名を関するこの草原で、多くの薬草を育てることができている背景には、精霊界の支配者、妖精女王『フィリーニティ・エゲーナイン』の協力があって成立している。
流哉の力だけでこの場所を維持できている訳でないことを理解しているからこそ、妖精女王の言い分が正しいと理解しているからこそ、何も言うべきことは無い。
「マスター。私も外界のモノをココへ招くべきではないと思うよ」
シルフェイアがディーアを連れてログハウスに向かう時にこぼした言葉、少なからず彼女も不満を抱いていたようだ。口に出しこそしないが、レルも同じことを思っているだろうというのは容易に想像がついている。
「皆も騒がして悪かった。後日、必ず詫びをいれる」
森の中に向かい声をかける。徐々に感じる気配が散っていき、森から感じる視線は無くなった。
今回の詫び入れは高くつきそうだが、『宝物庫』へ由紀子を客人として招いたのは流哉の判断だ。不始末を起こした責任は、自身の手で付けなければ『宝物庫』の住人は誰も納得はしない。
「主よ、客人を送り届けたらお時間をいただけますか?
私から話しがあります」
「……分かった。近いうちに必ず時間を作る」
「必ず、約束ですよ」
念を押してまで約束を取り付けて来るという事は、レルも今回の事はご立腹らしい。
ディーアの相手をする時間を作れという意味も含んでいるだろうが、貰うであろう小言は長くなることは間違いない。
今から気が重くなるなんて、今日は厄日だ。
憂鬱な気分と由紀子を抱えて『月夜の草原』から『宝物庫』の入り口へ繋がる扉を潜り抜ける。
入り口まで戻ってきた流哉を出迎えたのは、図書館で別れたレクスウェルだった。
手に持つのは愛剣ではなく槍、レクスウェルが生前に使用していたモノを蘇らせた神代の武器、現代では手に入れることなど敵わない最上の一品。
レクスウェルの目つきは鋭く由紀子を見つめている。ドコで聞きつけたのかは分からないが、『薬草畑』での出来事を知っているらしい。
「主よ、ちょっと良いか?」
ちょっとそこまで酒に付き合えよといった感じでなんとも軽そうな声かけだったが、その口調とは裏腹に眼が十分に語り掛けて来る。話しを聞かせろと。
「手短に頼む」
相手をせずに出ていく事も考えたが、一定の距離を取り立ち止まった。
レクスウェルが流哉と由紀子に何かをしようと今は考えていないことを分かっているからだ。
由紀子を殺す気でいたのなら、扉から出てきた瞬間に仕掛けている。流哉の隙をつき彼女だけを手にかける程度のこと、最高の戦士と言われたレクスウェルにはどうということないハズだ。
「ディーアの発した悲しみの波動が図書館にまで伝わってきた。
あそこまで感情をむき出しにするなんて余程の事があったのは分かるが、原因はそこの女だろう?
何故、主はそいつを庇う」
レクスウェルは由紀子を『宝物庫』の外へ戻すことに納得していない様子。
主である流哉が連れ出そうというのが、余計に納得できないのだろう。
ディーアは『宝物庫』に居る戦士たちにとっては妹分のような存在だ。可愛がっている妹が怒りを顕わにしたことで、兄貴分たちが黙っていられないと言ったところ。
「庇う理由か、それはココへ連れてきたオレの責任だからだ。
彼女を『宝物庫』へ連れて来たのはオレの判断だ。
客人の行いは全てオレの責任で、連れて来たのなら無事に送り帰すのがオレの責務だ。
どれだけ客人が無礼な行いをしたとしても、元の場所へは返してやらなきゃならん」
レクスウェルが納得するとは思っていないし、納得してもらおうとも考えていない。
由紀子を連れて来たのは流哉の独断。『宝物庫』の所有者の判断に従者は誰も逆らえないし、文句を言わない。
それ故に、問題が起きたのならば全ての責任は流哉に帰結する。
「レクスがオレの答えに納得していないのは分かっている。
今度話しを聞くから、今は何も言わずに引き留めないでくれ」
流哉の『宝物庫』が文字通りの宝の隠し場所であるというのに、この場所へ他人を招くという事が矛盾している。
他者に聴かれたくない話しをするなら『宝物庫』以上に適した場所はないが、同時に何かしらの問題を引き起こす可能性も高い。
面倒事を避けるなら連盟の談話室を使うという選択が、日本にいる今はできない。
実家はそもそも論外、あんな場所では大事な話しなんてできる訳がない。
他に仕えそうな場所となると紡の屋敷くらいだが、彼女は他者を招くことをとても嫌う上に、使用許可が下りたとしても余計な面倒ごとに発展することなど容易に想像できる。
結果として、大事な話しをするには『宝物庫』以外にはない。
従者の連中には迷惑をかける結果になったが、『宝物庫』に招くモノはしっかりと選ばなければならないという事を心に刻むきっかけになった。
レクスウェルの横を通り過ぎ、『宝物庫』の門を開く。
この門が開かれることは二度とないだろう。同業者以外を今後招くようなことはしないし、そもそも『宝物庫』へ客人を招くことは多くない。
由紀子の一件もアリ、客人として招くという機会も減るだろう。
面倒なことは、これっきりであって欲しいモノだ。
今回の話し、どうでしたか。
流哉は人という種を侵略者として捉えます。
宝物庫に収められているモノは貴重という言葉では言い表しきれません。
流哉は自分のモノに手を出されることを何よりも嫌います。
それが祖母から受け継いだモノであれば、ソレは逆鱗に触れることになります。
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