20.大学からの帰り道で『その弐拾』聖域の異物、あるいは沈黙する泥の人形
シルフェイアの視点となります。
楽しんで頂ければ幸いです。
タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/12/12)
久しぶりに流哉が私たちの場所を訪ねてきたと思ったら、見知らぬ女を連れてきた。
私たちはある程度の労働と引き換えに、この安住の地と自由を与えられている。
主の命ならば、それがどのような難題であっても応えるのが従者の務めだ。
だが、今度は何を頼まれるのだろうか。
まさか、この何の力もなさそうな、魔力を僅かも感じさせない人の子の世話をしろと言うのではないことを信じたい。
流哉を守る盾にも、障害を切り開く剣にもなれないような存在に、シルフェイアは慈悲を垂れるほど出来た女ではない。
「悪いがこの人を休ませてやってくれないか?
オレの客人だが、精神的な負担をかけてしまったんだ」
「……分かりました。
シルフェ、ベッドを用意してあげなさい」
新入りではなく、流哉の客人。
長期の滞在者ではないという事実に安堵すると同時に、どうしようもない嫌悪が胸の奥で黒く渦巻く。
認めたくはないけれど、コレは嫉妬だ。
剣士としての矜持など容易く踏み越えて、シルフェイアの内なる獣が咆哮する。
───なぜ、こんな脆弱な個体が、流哉の加護を得ているのか。
レルも納得はしていない様子だが、この場の長たる彼女は私情よりも主命を優先する。
ベッドを用意せよとの指示に、私は僅かに眉を顰めてみせた。
「レルがそう言うなら」
不満であるという感情を、あえて隠さずに吐き出す。
住居にしているログハウスの中へ。
足音荒く踏み込み、休ませるための場所を整える。
そこは、流哉がこの世界に滞在する際、稀に使用する簡易ベッドだ。
敷いている布団は、つい最近新調したモノ。
以前に流哉が使った布団は、現在ディーアが巣材のようにして使っている。
その前に使っていたのは───今、シルフェイアが毎夜、その身を包んでいるモノだ。
主の残り香。
その痕跡を辿る権利は、私たち従者にのみ許された特権のはずなのに。
「マスター。用意ができました」
「ありがとう」
用意したベッドの上に客人を移動させ、流哉は術式解除を口にする。
運搬の為の重力制御が解かれたことで、その「異物」の輪郭がより鮮明になる。
この女の中から、流哉のかけた魔術の反応が、嫌がらせのように匂い立つのだ。
かけられているのは護る為の術式。
シルフェイア達の領域からすれば、少し面倒な障壁程度に過ぎない。
だが、脆弱な現代の生命体にとっては、核シェルターにも等しい過剰な防壁だ。
内に秘められた神秘の強度こそが、私たちにとっての絶対の価値基準。
その身に不釣り合いな流哉の加護は、神秘の薄れた現代において必要なのか甚だ疑問だが、それが余計に、残酷な事実を突きつけてくる。
この女は、流哉にとって「護るべき特別」なのだと。
「シルフェ、ありがとう。改めてお礼を言うよ」
「マスター。……この女は何ですか?」
流哉からの感謝の言葉よりも先に、問いが口をついて出た。
宝物庫の外にある有象無象になど、塵ほども興味を示さない私が。
国に仕え、神代月夜に仕え、そして今、神代流哉に仕えて、初めて自覚した感情。
こんなにも醜く、ドロドロとした感情が、研ぎ澄ませたはずの自身の中にあったとは。
私の不遜な問いにも、流哉は淡々と答えた。
自らの手によって直接魔術をかけた稀有な例であること。
この『ユキコ』という女性が、流哉にとって捨て置けない存在であること。
だが、その情は恋慕ではなく、親しい者へ向ける親愛に近いということ。
そして何より───シルフェイア達こそが、流哉にとって何よりも代えがたい「内側」であるということ。
「マスターがそう言うなら、信じる」
言いくるめられたと言われればそれまでだ。もし私が第三者としてこの場に居合わせたなら、呆れてそう指摘しただろう。
それでも。
流哉に大切だと、お前たちこそが必要だと面と向かって告げられれば、その甘い毒に痺れてしまう。
私にとって、今の主人である神代流哉は、それだけ絶対的な「世界」なのだ。
「さて、オレは外で待っている二人にも説明してくるよ。
シルフェ、客人が起きたら外のテーブルに連れてきてくれ」
「……分かった」
流哉はそう言い残し、ログハウスの中に私と客人を残して外へ出ていってしまった。
パタン、と扉が閉まる音が、酷く大きく響く。
この場に残されて、いったいどうしろと言うのだろう。
私はまだ、この女を認めた訳じゃない。
流哉の客人でなければ、今すぐにでもこの聖域から放り出してやりたい。
そう敵意を向ける相手と二人きり。これは、私の忠誠を試す試練なのだろうか。
「……未だに、こういうマスターの行動は理解が出来ない」
張り詰めていた殺気を霧散させ、ため息を吐く。
これほど無防備に眠る「弱者」を前にしては、剣呑な気を張ることすら馬鹿らしくなる。
私は、ベッドに沈むその弱々しい森の生物にすら劣るそれを見下ろす。
現代と、流哉の言う外の世界がどうなっているのか、私は詳しくは知らない。
何度か外の世界へ流哉によって召喚され、彼の為に剣を振るったことはある。
月夜に頼まれて力を貸したこともある。
その時はまだ、生前ほどではないものの、大気には神秘の残滓が漂っていた。
力を振るう為に必要な魔力を大気から補充することも叶ったし、場所によっては神代の空気を色濃く残す土地もあった。
召喚される度、私は密かな感動すら覚えていたのだ。
流哉や月夜が語る「終わった世界」という言葉は、彼らの感傷に過ぎないのではないかと。
あれだけ猛威を振るった神々や、不可能を可能にする神秘の理が、そう簡単に失われる訳が無いと。
“ああ、この世界はまだ絶望するには早い。
流哉が悲嘆するには、諦めるにはまだ早すぎる。
世界には未だ、これだけの神秘が満ちているのだから”
───だが。
そんな淡い希望は、目の前の女を見ているだけで、音を立てて崩れ去っていく。
感じることが出来ていた神秘の残滓も。
生きとし生けるモノであれば、地を這う虫の一匹であっても必ず持っていた生命の波動を。
魔術師が魔力と呼ぶ力の源泉を。
この『ユキコ』という個体からは、一切感じない。
まるで、精巧に作られた泥人形だ。
そこにあるのは虚無。
微かに感じるのは、流哉がかけた魔術の痕跡、その香りのみ。
彼女自身が放つ輝きなど、何一つとして存在しない。
コレは本当に生き物なのか?
死者であろうと、いや、朽ちた骸からでさえ、かつてそこに在った神秘の痕跡を感じ取ることが出来た。
それなのに、この生者からは何も感じない。
空っぽ。
ただ消費し、排泄し、何も生み出さずに死んでいく、現代という時代の象徴。
“……怖いな”
不意に、そんな感想が漏れた。
原初に連なる竜種と対峙した時ですら抱かなかった根源的な恐怖。
圧倒的な「無」が、人の形をしてそこに在るということ。
考えても意味のないことだ。
今の私に出来ることは、この眠っている客人の目覚めを待つことだけ。
その時は、もう間もなくだろう。
彼女が目覚めた時、その瞳に宿る光は、果たして知性なのか、それともただの反射なのか。
それを確かめるまでは、この剣を納めるわけにはいかない。
今回の話し、どうでしたか。
シルフェイアの視点ですが、現代でどれほど神秘が薄れているのかを感じて頂ければ。
次は再び流哉の視点を予定しています。
※三上堂司からのお願い※
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