2.大学からの帰り道で『その弐』世界の裏側への入り口で
流哉の視点となります。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/10/14)
新山由紀子の覚悟は、決まった。
迷いの消えた、真っ直ぐな瞳が、それを何よりも雄弁に物語っている。
流哉が最後に投げつけた一言が、皮肉にも、彼女の躊躇いを断ち切る楔となったらしい。
その事実を誰よりも早く理解したのは、神代流哉自身。
そして、その流哉の内心の舌打ちを、愉悦に歪む口元で聞き届けた男が一人。
立花楓。その表情が、今はひどく腹立たしかった。
「流哉君、お気遣いありがとうございます。でも、私の気持ちは変わりません。
私は、事実から目を逸らしません」
凛とした声だった。
もうそこには、先程までのか弱き一般人の面影はない。
覚悟を決めた人間を、覆すだけの言葉も手段も、今の流哉は持ち合わせてはいなかった。
説得の材料は尽きた。買収が効くような相手でもない。
なんと厄介なことか。
流哉の思惑通りに行かない相手と、持ちうる手段が効かない相手。
こういうのタイプの人間の相手は遠慮したい所だが……遠慮することさえもできそうにない。
流哉は、こういう真っ直ぐで、こちらの思惑通りに動かない人間が一番嫌いだった。
「御立派な意思だ。それは尊重しよう。
別に気遣った訳じゃないから、礼など不要だ」
吐き捨てるように、そう言った。
彼女の意思は尊重する。その代わり、これ以上こちらから進んで関わるつもりはない。
忠告はした。ここから先は、全て自己責任だ。
この世界の裏側で、知り合いが一人消えることになったとしても、それもまた彼女が自ら選んだ運命なのだから。
「流哉君にとっては残念な結果だったようだね。
だが由紀子君、君にはこれから、一つの絶対的な『制約』を受け入れてもらわなければならない」
立花が話を、引き継ぐ。
「制約ですか?」
「ああ。魔法連盟に所属するエリートの魔術師だろうと、どこの馬の骨とも知れない流れの傭兵だろうと、協会に所属する敬虔なる神父であろうと関係ない。
この神秘に関わる全ての者が、等しく受け入れなければならない絶対の『法』のようなものがあってね」
立花の言葉に嘘はない。だが、致命的に言葉が足りていなかった。
わざとなのか、説明していないことや、細かい決まりがある。
その『法』を破った先に、何が待ち受けているのか。
罰則などない。ただ、静かな『死』があるだけだ。
「そして、その『法』の番人が、そこにいる彼、神代流哉君だ」
立花の視線が、流哉を射抜く。
「彼の監視から逃れることは、誰にもできない。これまで、その『法』を破り、彼から逃げおおせた者はただの一人もいない。
番人であり、番犬であり、そして狩人でもあるとは、よく言ったものだよ。
彼は、ルールから逸脱した者をただ静かに刈り取ることで、我々の世界の歪な秩序を守っているのだから」
「言っておくが、決まりを守っている限り、オレは何もしない。
あくまで、それを守らなかった者たちを、雑草のように摘み取っているに過ぎん」
ルールには幾つかの抜け道はあるが、ソレを見逃すような流哉じゃない。
必ず破ったモノへ罰を与える。
「───そういうことを、そう涼しい顔で言ってのけるところが、非情だと言っているんだよ、私は」
「非情で結構。オレは、オレであるために、貸し与えられたこの責務を全うするだけだ。
───もっとも、それがただ、オレの気に食わない連中を、間引いているだけなのかもしれないがな」
魔法という奇跡の果てに至り、『魔法使い』という名の化け物たちの末席に、自身の名を連ねたあの日から、彼のその在り方は何も変わらない。
それは、先達たる他の魔法使いたちを差し置いて、魔法使いの代表へと祭り上げられた今となっても変わらない。
魔法連盟の設立時。
まとめ役となった有力な魔術師たちと協会が、連盟の立ち上げと成立に手を貸した魔法使いと共に定めたルール。
コレを守らせるのは、ルールの制定に携わった魔法使いの後継者として役目だ。
「まあ、君のその在り方に、文句を言うつもりは毛頭ないさ。
むしろ、番人である君自身が、これから彼女に、その『法』を直々に説明してくれるというのなら、それほど安心できることはないからね。
───そういうわけだ。お願い、できるよね?」
ハメられた。
この面倒極まりない説明作業を、全てこちらに丸投げする気だ。
面倒事が嫌いだと言う流哉に、わざわざその役割を投げて来るあたり、故意以外の何ものでもない。
ここまで大見え切って言ってきた以上、もはや流哉に逃げるという選択は許されない。
何よりも、彼の矜持がそれを許さない。
そして、立花の言うように、流哉自身が説明するのが一番早いというのが事実だ。
業腹だが、立花の描いた絵空図通りに動くのが合理的だろう。
「───してやられた、か。
だが、いいだろう。お前の言う通り、オレが説明するのが一番効率的だ」
流哉は、無駄なことが嫌いだった。
ここで立花にその役を押し付けたとしても、結局、後で自分がやり直すことになる。
あの男の、言葉足らずで、どこか楽観的な説明では、どうせ、重要な点が、いくつも抜け落ちるに決まっている。
その穴を、後から自分が埋める羽目になる。
一瞬、なんとか立花に押し付けられないかと考えた瞬間に垣間見た未来。
そんな、不毛な未来の予感が、確信に近い形で、脳裏を過った。
神代流哉自身にとっての不利益だけを拾う魔眼の権能の一つである未来視。
偉大な祖母であり、魔法と魔術の師にして、先代の神代の魔法使いであり、最強にして最凶という流哉の通り名の元々の所持者。
血の繋がり以外に、最愛の祖母から受け継いだ『月の魔眼』という確かな繋がり。
魔眼が見せる、自身から無限に枝分かれし、連なる幾つもの選択の先。
可能性の一つを垣間見る程度の力。
全てを見通せた祖母ほど、流哉と『月の魔眼』の相性は良くない。
祖母からの贈り物を使いこなせていないのは不甲斐ないが。
「それで、私は、どうすればいいのでしょうか?」
「うん。とりあえず、流哉君が説明してくれるから、その話を一言一句違えることなく、しっかりと聞くことだね」
「……後で時間を取る。
帰りはオレが送っていくから、その道すがら、話をしよう。安全は保証する」
「はい。分かりました」
元々、立花から頼まれていることでもあるが、それに対して明確に答えた訳じゃない。
送り届けるのはあくまでもついで。
それなりに長い話しをしなければならない。
説明が終わった後に、立花が送り届けるという選択は現実的ではない。
もっとも、送り届けるのは元から無理そうだということで、流哉に頼んでいるのだろうと予測する。
「さて。それじゃあ僕は、そろそろ研究室を閉めさせてもらうかな。
帰る用意はできているかい?」
「ああ。持ち物など、これだけだ。
ここまで遅くなるとは思っていなかったからな」
流哉が、肩にかけたタブレット端末だけが入ったショルダーバッグを示す。
夕方までかかるかもしれないと燈華には言ったが、元々の予定では昼過ぎくらいで帰るハズだった。
遅くなる予定で荷物なんて持ってきてはいない。
「私も、準備は大丈夫です」
由紀子のその言葉を合図に、立花が立ち上がり、一人、研究室の外へと出ていく。
後に続こうとする新山を、流哉は視線だけで制した。
帰るのは、立花、ただ一人。
それを理解しているのだろう。
男は扉の向こうから、「じゃあ、二人とも、あまり遅くならないようにね」とだけ声をかけ、そして、カチャリと、無機質な施錠の音を残していった。
主を失った、書物の墓場。
その静寂の中で、新山はどこか不安そうな表情を浮かべていた。
今回の話し、どうでしたか。
流哉はようやく諦めました。
新山由紀子にどのように伝えるのか、流哉が取る選択とは。
※三上堂司からのお願い※
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