12.流哉の部屋はドコ?『その拾弐』盤上の魔女、盤外の駒
紡の視点となります。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/08/25)
さして、期待などしていなかった。
この遊戯の駒であり、友人でもある冬城燈華たちに問いを投げたのは、ほとんど気まぐれに等しい。
盤上の膠着を打開するための、ほんの些細な変数を期待して。
あるいは、手持ちの駒の性能を、改めて確認するための、思考実験。
何でもいい。
何か、この静謐な均衡を乱す、予測不能な一石が投じられれば、それで。
その程度の、ごく僅かな可能性。
だというのに。
クリスティアナという駒は、良い意味で、こちらの想定を裏切ってくれた。
〝清く静かな泉のイメージ〟。
魔法使いという、規格の外にある彼女だからこそ感知できた、世界の表面張力を乱す、微かな波紋。
それは、この先の見えない盤上を照らす、確かな灯火となった。
そうなると。
否が応でも、燈華には、期待という名の重しを乗せてしまう。
まだ当人さえも気付いていない、その類稀なる才能。他者の本質を、その輪郭を、己の内側で写し取る、鏡のような資質。
ええ、大事に、育ててあげなければ。
いずれ、この西園寺紡の、最も優れた駒となる、貴女のために。
「リュウちゃんを私なりにトレースした結果だけど……正直言うと、よく分からないが答えなんだよね。
冷酷さと利己主義を読み取ったけど、ソレはそう読み取らされただけよね?
契約における不正を許さないというところから厳格な一面も読み取れたし……水の気を纏うということは、少なくとも利己主義は当てはまらないかなって。
今の私じゃこれくらいが限界」
ふ、と。西園寺紡の唇に、ほとんど観測不能なほどの、微かな笑みが浮かぶ。
よく分からない、という答えの、なんと的確なことか。
その通りよ、燈華。
神代流哉という男は、そういう風にできている。
冷酷で、厳格で、そして、どこまでも利己的。
その全てが真実でありながら、そのどれもが、彼の本質を覆い隠すための、幾重にも重ねられた外套に過ぎない。
よくぞ、そこまで読み解いたものだわ。
「上出来よ、燈華。
皆の協力もあって、ある程度、絞り込めたわ。さて」
紡は、その視線を、部屋の主へと戻す。
書斎机に凭れ、静かに紫煙を燻らせていた、もう一人の魔法使い。
神代流哉。
「答え合わせ、と行きましょうか」
どうやら、こちらの茶番が終わるのを、待っていてくれたらしい。
彼が戻ってから、灰皿の上に積み重なった吸殻の山が、その無言の猶予を物語っている。
「……これを、吸い終わるまで待ってくれ」
流哉は、今しがた火を点けたばかりの煙草を、その指先で、とん、と示した。
ええ、構わないわ。待たせたのは、こちらなのだから。
その、ほんの僅かな時間さえも、西園寺紡にとっては、思考を完成させるための、貴重な数秒となる。
待たされた、というほどの時間は、経っていない。
灰皿の上の山も、彼の指にあったはずの煙草も、いつの間にか、塵一つ残さずに消え失せている。
おそらくは、風と火の系統魔術による、完全な証拠隠滅。
その、呼吸をするような、あまりに自然な魔力操作は、さすがの一言に尽きる。
「それほど待ってはいないわ。
それに、この暇つぶしは、存外、有意義なものだったもの。
でも、そろそろ、この遊戯も、終幕と致しましょう」
「互いの気まぐれで始まったゲームだが、退屈しのぎにはなったか。
ならば、ケースの中身、その牙の持ち主、当ててみせろ。
時間は、十分に与えたはずだ」
暇つぶし、ですって。
ええ、そうね。私と、貴方にとっては。
私たちが興じる互いの命すらも賭けの対象にした遊戯のほとんどは、常人から見れば、ただの狂気の沙汰だもの。
チェスの盤上で、互いの命そのものを駒として動かすこともあれば、手持ちの駒を用いて、盤外で代理戦争を仕掛けることさえある。
それに比べれば、この「謎解き」など、なんと、平和で、優しい遊びなのだろう。
だからこそ、油断した。
この、西園寺紡が。
「ええ、答え合わせを再開しましょうか。
巨大な牙、というだけでは、あまりにヒントが少なすぎた。
けれど、クリスの感じ取った〝水の気配〟、そして、燈華がトレースした、貴方という人間の多面性。
さらに、先程から貴方が見せている、火と風の魔術。
そこから、私が導き出した答えは───古代ペルシャの聖典『アヴェスター』に語られる、邪竜に連なる存在。
そのいずれか、といったところかしら」
「ほう。良い読みだ」
その言葉と同時に、流哉の口元に浮かんだ、僅かな笑み。
その、ほんの僅かな筋肉の動きだけで、西園寺紡は、自らの敗北を、完璧に悟った。
違う。
この答えは、間違っている。
なんで? どこで、読み違えた?
思考が、高速で回転する。
そして、脳裏の片隅で、チカ、と、ノイズのように点滅する、燈華の言葉があった。
───契約における不正を許さない。
ああ、そう。
なんてこと。なぜ、こんな、分かりやすい罠を見落としていたというの。
否。これは、見落としたのではない。
そうなるように、思考を、誘導されたのだ。
この、私が?
〝童話の魔女〟の、正当にして最後の後継者である、この西園寺紡が?
「……答えは、聞くまでもないな?」
「ええ。ええ、そうね……私の、負けよ」
素直に、敗北を認める。
それ以外の選択肢など、残されていない。
ここで、いかに言葉を取り繕ろうと、負けは、負け。
言い訳は、ただ、見苦しいだけ。
それは、西園寺紡の流儀に反する。
「燈華の言葉を、取り零したのが敗因ね。
女神アストライアーの天秤を持つ者が、邪竜などという、混沌の象徴と、契約できるはずないもの」
「正義を掲げる女神の天秤だ。その所有者に一切の揺らぎは許されない。
善も悪もなく、ただ、釣り合うか、否か。
オレの天秤が、混沌に傾くことはない。
───有翼の龍蛇という線は、悪くなかったがな」
悪くなかった、という言葉が、余計に、腹立たしい。
結局、この遊戯で、暴くことができたのは、妖精女王という、たった一枚の手札だけ。
けれど、まあ、いいでしょう。
あの、神代流哉が、妖精女王と契約を結んでいる。その事実だけでも、大きな収穫だ。
「さて、紡との遊びも終わった。そろそろ、お開きでいいか?」
「ええ、今日は、もう良い時間だわ。
貴方の部屋を物色するのは、また、日を改めましょう。
まだ、私を驚かせるという、貴方の蔵書も見せてもらっていないのだから」
「……諦める、という選択肢はないのか」
何か、彼が呟いているけれど、知ったことではないわ。
この西園寺紡の屋敷に、間借りさせている以上、その所有物を、査察する権利くらい、あるはずだもの。
窓の外は、もう、夕闇に染まり始めている。
焦る必要など、どこにもない。時間は、まだ、いくらでもあるのだから。
燈華が、半人前の魔術師である、今のうちに。
この、興味深い獲物を、ゆっくりと、観察する時間を、確保すればいい。
西園寺紡は、久しぶりに、胸が躍るのを感じていた。
今回の話し、どうでしたか。
紡の導き出した答えは間違いでした。
流哉の契約したドラゴンとは、物語のどこかで解禁しようとは思っています。
流哉の部屋は紡達からすると宝箱のようなものかもしれません。
その内突入される可能性も……
※三上堂司からのお願い※
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