1.魔女達の住む館『その壱』魔女の住む街の歩き方
今回から新しいタイトルになります。
流哉の視点となります。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/07/23)
冬城燈華の先導で、一行は駅のロータリーを抜ける。
じりじりと肌を焼くアスファルトの熱に、燈華の足取りが目に見えて鈍っていく。
炎天下に慣れていない、というだけではないだろう。
つい先程まで、クラスメイトだという男子生徒たちに囲まれていた気疲れが、その歩調に表れていた。
「ねぇ、リュウちゃん……ここから、まだ結構歩くんだけど……タクシー、拾ってもいい?」
振り返った燈華の瞳から懇願の意思はハッキリと感じ取れた。
「別にその提案を飲んでやっても良いが……
その肝心のタクシーが、一台も見当たらないことを除けば、な」
「う……その内、すれ違うと思うから! ね?」
「……だいぶ限界と見える」
流哉は、内心でため息をついた。
別に、彼女たちをタクシーに乗せることに否やはない。
問題は、駅から出た瞬間、離れて間もない頃から感じている、あの粘つくような視線だ。
プロのそれとは違う。
もっと未熟で、剥き出しで、それゆえに不快な粘着質な気配。
ああ、そうだ。これが「日常」というものだったか。
かつて、祖母とこの街を歩いた時には、こんな感情は存在しなかった。
ただ、向けられる好意と畏怖。それだけだった。
だが、今の自分は、ただの「冬城燈華の隣を歩く、見知らぬ男」でしかない。
「お前が感じる熱視線は、太陽とアスファルトの反射熱だけが原因じゃないぞ、燈華。
タクシーに乗るならお前達だけで乗れ。
オレは遠慮しておく」
「えー、どうして?
一緒に乗って行こうよ。その方が早いし」
「オレは歩いて行くと決めたから、タクシーに乗るならお前たちだけで乗ってくれ」
そこまで言った時、この炎天下の中片時も離れようとしなかった燈華が、少しだけ流哉から距離を取った。
その後、何かを確認するような仕草をして、表情を少しだけ変化させる。
「え、もしかして汗臭い?」
「違うから安心しろ。
……少しは、自分の置かれている状況を客観視しろ」
流哉が顎で背後をしゃくると、燈華は訝しげに振り返り、やがて、その顔に深いため息を刻んだ。
物陰に隠れたつもりの、数人の男子生徒。
その制服と、こちらへ向けられる嫉妬の眼差し。
もはや何を語るまでもなく、状況が全てを物語っていた。
「はぁ……なんで、こんな場所にもいるのかなぁ。
夏休みだっていうのに……こうもウチの高校の生徒ばかりと出くわすのよ」
燈華の顔色に呆れの色が広がる。
溜め息の後に何かをボソボソと言っているが、流哉にはよく聞き取れなかった。
どうしようもないことを言っていそうだが、余計な事を言って巻き込まれるのはゴメンだ。
「タクシーを拾って、お前たちだけで先に行け。
今は別行動の方が、互いのためだ」
「でも……」
「この視線の中を、お前たちと歩くのは、色々な意味で遠慮したい」
きっぱりと言い放つと、燈華も観念したらしい。
都合よく現れたタクシーに、少女たちが乗り込んでいく。
最後に乗り込んだ西園寺紡が、窓から顔を出した。
「迎えは、本当に要らないのね?」
「少し、現在の、この街を見て回りたい。
変わったところと、変わらないところをな」
「……そう。なら、私の家で歓迎の準備をして待っているわ」
走り去るタクシーを見送り、流哉は、さて、と独りごちる。
尾行者たちは、どうやら流哉の後をつけてくることに決めたらしい。
余計な好奇心という微熱に浮かされさえしなければ、何事もなかったものを。
……面倒だが、これも、この街の一つの風景だと思えば、少しは気も紛れるか。
流哉は、あえてゆっくりと、記憶の中の道を辿り始めた。
駅前の大通りは、記憶の中のそれとは似ても似つかない、無個性なものへとすっかり様変わりしていた。
昔ながらの商店は姿を消し、どこにでもあるようなチェーン店にその場所を明け渡している。
だが、一本路地裏へ入れば、途端に空気が変わった。
ひやりとした影が落ちる、煉瓦造りの壁。
煤けて、所々が欠けたその赤茶けた色は、子供の頃に見たものと寸分違わない。
祖母と歩いた時、この壁に触れると、夏でも不思議と冷たかったことを思い出す。
石畳の道も、あの頃の記憶にあるままの姿。
靴底に伝わる硬質な感触が、遠い日の記憶を呼び覚ます。
一歩、また一歩と踏みしめるたび、過去と現在が、陽炎のように混じっていく。
未だに背後をつけて来る視線から外れることはない。
やれやれ、まだついてくるか。
ズボンのポケットで、スマートフォンが短く震えた。
燈華からだ。『着いたわ』という、短いメッセージ。
「潮時、か」
どうやって、あの未熟な尾行を撒くか。いっそ、恐怖で退散させるか。
いや、それでは「普通」ではない。
流哉は、ふと、路地の角にある、古びた喫茶店の看板に目を留めた。
『喫茶 白詰草』。何の変哲もない、ありふれた名前。
ここなら、いい。
重い木製のドアを開けると、カラン、と涼やかな鈴の音が鳴った。
店内は、外の喧騒が嘘のように静まり返っている。
客は、流哉一人。カウンターの奥で、白髪の老マスターが、黙々とグラスを磨いていた。
外観からして、学生が気軽に入れるような値段設定ではないのだろう。
それが、流哉には好都合だった。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
「コーヒーを一つ。それと……一つ、お願いがあるんだが」
流哉が小声で告げると、マスターは、表情一つ変えずに、ただ、こくりと頷いた。
これでいい。
後は、時間が来るまでの、暇つぶしだ。
運ばれてきたコーヒーの、喉の奥を焼くような深い焙煎の香りを味わいながら、流哉は窓の外に目をやる。
店の前で、中に入ることもできず、うろたえている少年たちの姿が見えた。
彼らは、まだ知らない。
自分たちが、今、どれだけ滑稽で───そして、どれだけ危険な玩具として、この魔法使いの目に映っているのかを。
今回の話し、どうでしたか。
流哉の懸念はやはりフラグでした。
相手が一般時であり、燈華の知り合いとなると過激な手段に出られません。
元々そのような気は流哉にないのですが、最終手段としての実力行使が封じられます。
今回は上手く撒いて行きました。
※三上堂司からのお願い※
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