5.神代家の事情『その弐』 来訪者
流哉の視点となります。
楽しんで頂ければ幸です。
大幅な加筆と修正を行いました(2024/11/27)
気が付くとベッドの上だった。
気だるい身体を起こし、自身が眠っていた事に気付く。
魔力を大きく失った事に起因することを、記憶を辿り思い出す。
魔力欠乏なんて、ど素人の魔術初心者でもあるまいし、絶対に他人に見せられない姿だ。
ただ、ここ最近経験のないことだと思うと、不思議と笑みがこぼれる。
「全く、祖母さんはなんてモノを遺してくれた。
制限しているとはいえ、オレの魔力の半分も持って行きやがって。
今度宝物庫に何がしまわれているのかを調べる必要が出たな。
全ての魔導器を調べて、魔力が何に使われているのかを探る必要があるが、ここの所経験のないことを起こしてくれるとは、これだからこの世界は楽しいんだ」
魔力を大量に消費し、疲れ、眠ってしまうまで追い込まれた事に流哉は楽しそうに笑う。
魔法使いになって以降、新しく経験する事は多いが、自分を窮地にまで追い込むのはいつだって偉大なる師だった。
最後に意識を失うほど追い込まれたのは、記憶が正しければまだ祖母が存命だった頃。
祖母の部屋の所有権を自身へ移す、それだけのことで膨大な魔力を強制的に徴収された。
今回は意識を失う程度で済んだが、これがもし自分でなかったのなら、どこかの馬の骨が無謀な欲を出していたのなら、何者かに侵入を許していたら、確実に死に至るのは容易に想像できた。
流哉が死ぬかどうかのギリギリのラインをを攻めてくるのは祖母がよく行っていたことで、その思い出すら懐かしく思う。
歪んでいるなんていうのは重々承知だが、こんな事でさえ祖母が自分を思っての事だと思うと、愛されているのだと思うと、感謝の念しか沸いてこない。
亡き師への感謝を心の中でしていると、ゴンゴン、と扉を叩く音が外からきこえてくる。
自室への立ち入りは、誰にも許可していない。
他人はもちろんのこと、それが家族であろうとも。
この部屋に入ることが許されているのは前の所有者である祖母と今の所有者である自分だけ。
侵入者を警戒するのには理由がある。
部屋の本棚の中に入っている魔導書や希書の類は魔術師や熱心なマニアにとっては喉から手が出るほど欲しいものだろう。
部屋の中から繋がる『薬草畑』には希少な薬草や、既に絶滅してしまった薬草が自生している。
部屋の中から繋がる『図書館』には、部屋に置いてあるものよりも遥かに希少な書物が納められている。魔導書の原本や希書珍書の原稿などもあり、世に出回れば幾度となく騒動を起こすことは確約されている
部屋の中から繋がる先、宝物庫と流哉が呼ぶその場所は、祖母の遺品と思い出、受け継いだものがあるただの場所以上の価値のある場所だ。
それに、理由ならまだある。
昨晩、魔力が欠乏するという危機を迎えたばかり。そのような思いをしてまで完全な状態へ戻したばかりの大切な場所だ。
この部屋へ入ろうというのは、中にある宝物を狙う盗人や盗賊に他ならない。
誰であろうとも、部屋の中に入れることは許さない。
「誰だ」
ベッドから立ち上がり、扉の向こうへと静かに声をかける。
最大限の警戒を怠らず、いつでも扉の外のモノを屠れるように準備を終える。
自身の体中に魔力を巡らせる。サーキットを走るレーシングカーよりも早く循環させ、自身の魔力を生み出す炉に火をくべる。
最低限の行動で、最低限の一撃をもって終わらせる用意を整える。
「流哉、母さんだけど。昨日は何度か声をかけたけど、降りてこなかったから。大丈夫?」
扉の外にいるのは母親である神代雪美だった。
侵入者や略奪者に向けた準備を解くべく、魔力を巡らせる速度を落とす。
しかし、警戒は緩めない。扉の先にいるのが本当に母親である補償はないし、仮に本人であったとしても誰かに操られていない確証もない。
ただ、最低限の一撃を放つ準備だけは整えたままに応対をする。
「大丈夫。昨日は忙しかったし、久々に山道を歩いて疲れただけだよ」
「そう。昨日連絡が入ったから知らせようと思ったんだけど、降りてこなかったから。
冬城のお二人が、たった今到着したわ」
「分かった。応接間で待たせといて」
母が去っていくのを感じると、最低限の準備すら解く。
荷解きのまだ済んでいないトランクを開き、中から鈍く光る鎖を取り出す。
鎖には幾何学模様が掘り込まれ、不思議な空気を纏っている。
「一応、保険として持って行くか。
強引に契約を迫るなんて事をあの二人ならしないと思うが、何事も準備を怠る理由にはならないからな」
鎖の端をベルトループに引っ掛けると流哉はトランクを軽く蹴り、完全に開いたのを確認してから部屋を出て階段を降りる。
背後で扉は模様を変え、物言わぬ壁へと姿を変えて。
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