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11.童話を喰い破った竜『その拾壱』ある夜の一幕、薬草畑の従者たち

流哉の視点となります。

楽しんで頂けたら幸いです。


ブックマークありがとうございます。

大変励みになります。


タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/05/16)

 宝物庫の内部、『薬草畑』と呼ばれるこの閉鎖庭園では、時間が硝子細工のように脆く、そして永遠に続くかのような錯覚を伴って流れる。


 レル=リューウェンが流哉へ差し出す紅茶も、これで三杯目だった。


 琥珀色の液体が揺れるカップの縁を指でなぞりながら、神代流哉はログハウスの窓の外、変わらぬ夜の風景に意識を遊ばせる。

 招いた客――いや、待ち人であるはずの残る二人の従者の気配は、未だ夜気に溶けたまま感じ取れない。


 さすがに、これ以上の茶は胃に重い。

 コーヒー党というわけでもないが、同じものを同じ場所で、こうも立て続けに飲むのは些か単調に過ぎた。


「……そろそろ、潮時か。これ以上は、さすがにな」


 独り言のように呟き、カップをソーサーに戻す。

 カチャリ、と乾いた音が、静寂をわずかに乱した。


「お気に召しませんでしたか、マスター


 レルの声は、いつものように平坦で、感情の起伏を読み取らせない。


「いや、茶は美味い。ただ、限度があるという話しだ」


 流哉は軽く肩をすくめた。


「それに、二人とも何かあったんだろう。

 顔も見せずに帰るのは些か気が引けるが、タイミングが悪かったと諦めてもらう他にないな」


 言いながら立ち上がろうとする流哉を、レルは目線だけで制した。


『カップは、そのままで結構です』


 言葉には出さぬが、その紫水晶アメジストの瞳がそう告げていた。

 流哉は小さく頷き、その厚意に甘える。


「ご馳走になった、レル。

 ……例のゲートも新たに繋いだことだし、以前よりはここへ顔を出す機会も増えるだろう」


 宝物庫の深奥に位置するこの薬草畑と、宝物庫の入り口付近の、エントランスとでも言えば良いのか──流哉の私物が雑多に置かれている場所へと繋がる扉。

 妖精女王の許可を得たことで新たに扉を設置することができ、ここへのアクセスは格段に容易になった。


 この場所でしか栽培できない触媒も、取りに来る頻度は以前より増えるだろう。

 

 その言葉に、ふと、レルとは異なる気配が反応した。

 扉に手をかけようとした流哉の背後から、鈴を転がすような、それでいてどこか蜜のような甘さを帯びた声が届く。


「ソレは、本当ですか、マスターっ?」


 振り返れば、そこには小柄な少女が立っていた。

 両の腕に抱えきれないほどの真っ赤な果実。

 その合間から覗く瞳は、期待に満ちてキラキラと輝いている。


「おかえり、ディーア。

 今日は……どこか、お使いにでも行っていたのかな」


「はいっ!

 今日はアラクネさんのところまで、『赤の果実』を届けに行ってきましたの。

 代わりに、こーんなに沢山の糸を頂いてまいりました!」


 少女――ディーアは、背負ったかごから溢れんばかりの、月光を吸って白く輝く糸の束を、これ以上ないというほど誇らしげに流哉へと見せる。


 この幼い姿に反し、ディーアがこの『薬草畑』の守護者の一人として、どれほどの神秘をその身に秘めているか。

 それを正確に測れる者は少ない。

 その身から漏れ出す魔力の濃淡を判断でき、警戒できた者で半人前。

 この少女の遊戯ゲームに付き合わされず、この庭園から生きて生還できれば、それでようやく一流と呼ばれるだろう。


 それほどまでに、目の前にいるあどけない少女の実力を流哉は高く評価している。


 それでも、流哉にとって彼女は、いつまでも無垢なままでいてほしいと願う、庇護すべき存在だった。

 その汚れなき精神こそが、この歪な世界の稀有な宝石なのだと、彼は密かに思っている。


「そうか、ご苦労だったな、ディーア。

 その糸は、早くレルのところに持っていって見せてやれ」


「はいっ、マスター!」


 元気よく返事をし、ディーアは小さな体を弾ませるようにしてレルの元へと駆け寄っていく。

 その背を見送りながら、流哉は思考する。


 ディーアが戻ったのなら、もう一人もそろそろのはずだ。

 いや、あの奔放な『──────』のことだ。

 森の出口付近にいつの間にかしつらえてあるお気に入りのハンモックで、惰眠をむさぼっている可能性も否定できない。

 そんなことを考えていた、まさにその時。


「おや、マスターじゃありませんか。

 わざわざこんな辺鄙へんぴな場所まで、私に会いに来てくださったのですか?」


 ふわり、と背中に心地よい重み。

 次いで、甘く熟れた果実のような芳香が鼻腔をくすぐった。

 視界の端には、月光を溶かし込んで編み上げたかのような、あるいは陽光の残滓そのもののような、長い長い金糸の髪が揺れている。


 これほどまでに遠慮なく、そして猫のようにじゃれついてくる従者は、レクスウェルを除けば、彼女をおいて他にない。


「……おかえり、シルフェイア。

 言っておくが、今日の用向きは主にレルに対してだ。

 おまえに会いに来たわけじゃない」


 流哉は、背後から抱きついてくる腕を軽く叩きながら、呆れたように言った。


「マスター。私のことは『シルフェ』って呼んではいただけないのですか?

 以前にもそう伝えたと思いますが?」


 吐息がかかるほど近くで囁かれ、流哉は小さく眉をひそめる。


「……承諾した覚えはない。

 それより、少々動きづらいんだが。離れてもらえないか」


「では、『シルフェ』と。

 一声、そう呼んでくれれば、すぐにでも離れますとも」


「……シルフェ。いいから早くレルのところへ報告に行け。

 ディーアが待ちかねているぞ」


 観念したように、流哉が短くその名を呼ぶと、シルフェイアは満足げに喉を鳴らし、ようやくその腕を解いた。


「はーい。マスターがそうおっしゃるなら、私もやぶさかではありません。

 ま、ちゃんと『シルフェ』って呼んでくれましたし、今日はこのくらいにしておきましょうか」


 軽やかに身を翻し、まるで風に舞う木の葉のようにレルの元へと向かうシルフェイア。

 その掴みどころのない様は、まさに風の妖精シルフィードそのものだ。


 流哉が信頼を置き、この『薬草畑』の防衛と、時には侵入者の撃退という汚れ仕事まで任せている、もう一人の強力な従者。


 その背中を見送り、やれやれと首を振る流哉だったが、その表情はどこか和らいでいた。


 彼女たちが戻ったのなら、もう少しだけ、この夜の底に留まるのも悪くない。

 主として、それは当然の務め、という名目で。

 再び、ログハウスの傍らに設えられた木製のテーブルセットへと足を戻す。


「おかえりなさいませ、主殿。

 紅茶の用意は、いつでも」


 レルの静かな声に、流哉は苦笑した。


「いや、さっきも言ったが紅茶はもう十分だ。もし用意してくれるなら……コーヒーを頼めるか?」


「主殿がそれを望まれるのであれば」


 どこから取り出したのか、レルは手際よくガラス製のサイフォンをテーブルに置き、慣れた手つきで準備を始める。

 琥珀色の液体が熱せられ、やがて芳醇な香りが漂い始めるまでの間、流哉は改めて従者たちの様子をうかがった。


「ディーアとシルフェイアはどうした?

 こちらへ来たと思ったんだが……」


「二人なら、残務処理に。

 ディーアは、主殿とお話しできるのを楽しみに、それはもう張り切っておりますので、『もう帰る』などとは、ゆめゆめおっしゃらないでください」


 釘を刺すようなレルの言葉に、流哉は「今さらそんな薄情なことは言わんさ」と肩をすくめる。


「それより、シルフェイアが素直に残務処理とはな。珍しいこともあるものだ」


「あの子も、言葉には出しませんが、主殿とこうして過ごせる時間を心待ちにしているのですよ。

 存外、健気なところもあるのです、彼女も」


「……そういうことなら、もう少しだけ、この夜を楽しませてもらうとしようか」


 レルの言葉に、流哉の口元が微かに緩む。

 幼いながらも働き者のディーアが、目を輝かせて仕事を終わらせようとしている姿は想像に難くない。


 そして、あの気まぐれなシルフェイアが、素直にレルの指示に従っているというのも、確かに珍しい光景だった。


 ガラス管の中を、ゆっくりとコーヒーが満たしていく。

 その黒い液体を眺めながら、流哉は広大な『薬草畑』へと視線を巡らせた。


 畑の隅の方で、小さなディーアがかいがいしく雑草を摘んでいる。

 あの広大な薬草畑の管理は、彼女たち三人の重要な役目だ。


 シルフェイアの姿は見えない。

 まさか、ディーアに全てを押し付けて、どこかでまた惰眠を、と考えたが、どうやらそうではないらしい。

 レルの視線が、畑の奥、湖のほとりに立つ巨大な水瓶みずがめへと向けられていた。


「シルフェイアは何をしているんだ?

 ディーアが一人で難儀しているように見えるが」


「シルフェイアに草取りのような地道な作業を任せても、三日で飽きましょう。

 あの子には、二つの選択肢を提示し、自ら選ばせるのが最も効率的なのです」


「……なるほどな。オレとしても、役割さえ果たしてくれるなら文句はない。シルフェイアの最も重要な役目は、この薬草畑の守護であり、そして何より――オレの守護者ガーディアンであることだからな」


 宝物庫に属する者たちの多くは、流哉と複数の契約を交わしている。

 中でも戦闘に長けた者たちは、彼の剣となり盾となる守護者としての側面も持つ。

 シルフェイアはその筆頭であり、危機的状況において、彼女を召喚することは決して珍しいことではなかった。


 やがて、湖の方角から、見上げるほど大きな水瓶を軽々と肩に担いだシルフェイアが、鼻歌でも歌い出しそうな気軽さで戻ってくるのが見えた。


 今回、彼女が選んだ仕事は、どうやら湖からの水汲みだったらしい。

 もう一つの選択肢が何だったのか、少しばかり興味を惹かれたが、問うのは野暮というものだろう。


 きっと彼女は悪戯っぽく微笑んで「もう少し甘やかしてくれれば、教えて差し上げよう」とでも言うに決まっている。


 ならば、今はただ、この穏やかな夜と、従者たちとの静かな時間を享受するのが、主たる自分の役割だ。


 流哉は、カップに注がれたばかりの、夜の色をしたコーヒーの香りを深く吸い込んだ。

 面倒事の予感は、常に世界のどこかで産声を上げている。

 だが、今この瞬間だけは、その喧騒も届かない、夜の底の安らぎがある。

 それもまた、悪くない。

今回の話し、どうでしたか。

薬草畑にて触媒作りを通して流哉のサポートをしている三人が揃いました。

レル=リューウェン、ディーア。シルフェイアの三人の名前だけでも覚えて頂ければと思います。


※三上堂司からのお願い※


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

読者の皆様へ筆者からのお願いがございます。

本作を読んで、「面白かった」「続きが気になる」等、少しでも思って頂けましたら、

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これから物語を書き続けていく上でのモチベーションに繋がります。

今後ともよろしくお願いします。

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