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7.童話を喰い破った竜 『その漆』 月下の薬草園 / 黒薔薇は微睡む

流哉の視点となります。

楽しんで頂けたら幸いです。


タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/05/07)

 妖精たちの導く光の帯を追い、不意に視界が開けた。

 鬱蒼うっそうとした木々が途切れ、濃密な闇と草木の匂いが、ひんやりとした夜気と澄んだ水の気配へと変わる。

 そこは、木々が円を描くように草原を囲む、広大な空間だった。

 深き森、『迷いの森』と呼ばれる一帯の出口。


 空には、昼間かと錯覚するほどに皓々《こうこう》と輝く満月。

 その月光だけが、この閉じた異界における唯一の光源だ。


 草原の中央には、整然と区画された畑が広がり、その向こうには静かな湖面が月を映している。

 湖のほとりには、質素だが頑丈そうなログハウスが一軒、静かに佇んでいた。


――ここは、神代(かみしろ)月夜(つくよ)が作り上げた『薬草畑』。

 夜と風、月と星、湖と大地、薬草と霊草を育むためだけに最適化された、彼女によって生み出された箱庭。

 流哉が後年、妖精女王との契約を経て、その外周に『迷いの森』という名の結界を配置したことで、現在の形となった。

 祖母が遺した大切な場所の一つだ。


 草原へと足を踏み出す。

 ハンモックが吊るされた古木の横を通り過ぎると、畑仕事にいそしむ人影が見えた。


「レル、少し良いか?」


 流哉が声をかけると、影が作業の手を止め、ゆっくりと振り返る。

 月光を浴びて、その姿が鮮明になる。

 長く編み上げられた、夜の湖面のような青みがかった髪。

 質素な白いワンピース。

 そして、人間とは明らかに異なる、長く尖った耳。

 日に当たることのない、透き通るような白い肌。

 まるで月光そのものが形をとったかのような、神秘的な美貌を持つ女性。


 名を、レル=リューウェン。

 神話の時代を生きた魔女。

 そして、今は流哉に仕える従者の一人。


 彼女の首元には、常に古びた銀細工の月女神を象った首飾りが揺れている。


「……どうかなさいましたか、()(あるじ)よ」


 その声は、澄んでいて、どこか遠い響きを持っていた。

 手にしていた年代物の如雨露(じょうろ)を静かに地面に置き、レルは流哉を迎える。


「ああ、実は――」


 言いかけた流哉の言葉を遮るように、足元で小さな光の粒が騒がしく明滅し始めた。

 先程まで案内役を務めていた妖精たちが、『報酬はまだか』と視線で、あるいは直接的な思念で訴えかけてくる。

 放っておいても消えるだろうが、妖精という種族は存外根に持つ。

 次回の『案内』を円滑にするためにも、ここは要求に応えておくのが得策だろう。


「……話しをする前に、そいつらに蜜の入った小瓶を渡してやってくれないか。人数分、だ」


「それは、構いませんが。

 蜜の代価は、主がお支払いになると?」


 レルの灰色の瞳が、僅かに流哉を探るように細められる。


「ああ。お前たちが欲しいものを選べばいい。

 もしくは、蜜を集める森の『森林(フォレスト・)(ビー)』たちが欲するものでも構わない」


「……承知いたしました。

 支払いについては、後ほど精算いたしましょう」


 レルは小さく頷くと、ログハウスの方へと歩き去った。

 小瓶を用意するのに、少し時間がかかるだろう。


『ねぇ、月光草の蜜は、ほんとにもらえるんだろうね?』


 小さな騎士鎧を纏った、ひときわ光の強い妖精が、流哉の足元で念を押すように問いかけてくる。

 どうやら、今回の案内役の代表格らしい。

 約束は守る。だが、この執拗な確認は、流哉というよりは、『人間』という種族そのものへの不信の表れか。


「ちゃんと渡すと言っているだろう。

 オレは決して契約を違えることはない。

 そんなに不安なら、レルが戻ってきたら、お前の目の前で直接渡してやる」


 その言葉に、鎧の妖精の光が、少しだけ安堵したように揺らめいた。

 起源を同じくする妖精に近い存在であるレルの言葉なら、信じられるということか。


 やがて、レルが小さな木箱を抱えて戻ってきた。

 箱の中には、妖精の数に合わせた小さなガラスの小瓶が並び、それぞれに粘度の高い花の蜜が満たされている。

 箱が地面に置かれた瞬間、妖精たちは待ってましたとばかりに群がり、目当ての小瓶を奪い合うように持ち去っていく。


 全員に行き渡ったのを確認し、流哉は右手を軽く空間にかざした。

 微かな空間の歪みと共に、手のひらに水晶でできた小瓶が現れる。

 小瓶の中で揺れるのは、月の光を溶かし込んだかのように白く輝く液体。

 妖精たちが何よりも渇望する、『月光草の花の蜜』だ。


「ほら、これが約束の代物だ」


 鎧の妖精が、恭しく両手で小瓶を受け取る。

 満足げに光を明滅させると、他の妖精たちと共に、あっという間に森の闇へと溶けるように消えていった。


「主よ。いっそ、この畑の片隅に、直接宝物庫へと通じる扉を設けられては如何ですか?

  女王陛下の眷属とはいえ、毎回のように蜜を強請られるのは、少々非効率かと」


 レルが、静かな声で提案する。


「……そうだな。女王・・がそれを許す、と言うのなら、やぶさかではないが」


 貴重な蜜を分け与えるのは、確かに面倒ではある。

 だが、流哉が気にするのは、この森の本来の主である『妖精女王』の機嫌を損ねないか、その一点に尽きる。

 契約を結んだ相手とはいえ、かの存在は、この星で最も古く、最も強大な力を持つモノの一柱なのだから。


「女王陛下は、特に気にしてはおられないかと存じますが?」


 レルが、ふと畑の隅を示した。

 そこには、周囲の草花とは明らかに異質な、漆黒しっこく薔薇(バラ)が一輪、凛として咲いている。

 月光を浴びて、ビロードのような光沢を放つその花は、妖精女王がこの地に意識を向けていることの痕跡(しるし)

 茨を通して、女王はこちら側を『視て』いるのだ。

 流哉は、その黒薔薇に向かい、意識を集中させる。


「女王よ。この地に、森へと繋がる扉を設けることを、お許しいただけるだろうか」


 たとえ許しがあると感じていても、直接(うかが)いを立てる。

 それが、古き存在に対する最低限の礼儀であり、流哉なりの処世術だ。

 幸い、かの女王は気まぐれだが、理不尽ではない。

 流哉のことも、多少は気に入っている節がある。

 機嫌を損ねさえしなければ、大抵の願いは聞き入れられるはずだ。


『…………』


 一瞬の沈黙。黒薔薇の(つぼみ)が、まるで呼吸するように、ゆっくりと開いた。

 そこから、直接脳内に響くような、鈴を振るような、しかしどこか地底の響きも感じさせる、不可思議な声だけが聞こえてくる。


『あらあら、流哉。貴方の庭なのだから、好きになさればいいのに。

 わざわざ私に許可を求めるなんて……ふふ、貴方のそういう律儀なところは、とても好ましいわ』


 声は楽しげだ。だが、続く言葉には、どこか試すような響きが混じる。


『だから、貴方のお願いなら、いつでも叶えてあげたいのだけれど……そうねぇ、少しだけ、考えさせてくれるかしら?』


 女王は迷っている、というよりは、流哉の反応を見ている。

 さて。今回は、どのような『対価』を、あるいは『譲歩』を、この気まぐれな女王は要求してくるのだろうか……

今回の話し、どうでしたか。

薬草畑の住人、神代の魔女である『レル=リューウェン』の登場と、妖精の女王が少しだけ登場です。

妖精女王が突き付ける条件とは。

楽しみにして頂ければと思います。


※三上堂司からのお願い※


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

読者の皆様へ筆者からのお願いがございます。

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これから物語を書き続けていく上でのモチベーションに繋がります。

今後ともよろしくお願いします。

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