3.童話を喰い破った竜『その参』ゴースト・イン・ザ・ルーム
流哉の視点となります。
楽しんで頂けたら幸いです。
ブックマークありがとうございます。
クリスの表記をクリスティアナに変更いたしました(2025/04/29)
引き続き、クリスの表記を『クリスティアナ』へ変更作業中です。
まだ終わってない箇所がありましたら、筆者の方へお気軽にお知らせください。
タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/04/29)
クリスティアナとの短い問答が終わり、彼女が少しだけ前向きな表情を取り戻したのを見届けると、神代流哉の意識は、もう一人の異邦人へと向けられた。
アレクサンドラ・コメスター。
静かな灰色の瞳を持つ、長い黒髪の少女。
彼女は先程から、クリスティアナの後ろで控えめに佇み、会話に加わる様子はなかった。
「……次は」
流哉は、ティーカップをテーブルに戻しながら、声をかける。
「アレクサンドラ、だったな。
空間操作が得意だと、たった今、燈華から聞いた。
それで、――魔法使い《こちら側》を目指そうという気持ちは、ないのか?」
問いかけに対し、アレクサンドラは僅かに視線を伏せた。
その仕草に、諦念と、あるいは何かに対する遠慮のようなものが滲んでいる。
「……はい。空間を扱う術理だけは、何故か、昔から手に馴染むのです。ですが……」
彼女は、小さく息を吐いた。
「以前、目指そうと考えた時期もありました。けれど、師事した方に『お前には才能がない』と……そう、はっきりと言われてしまいまして。
ですから、私はもう、魔術師として生きていくと決めております」
その声には、感情の起伏がほとんどなかった。
遠い昔に下された判決を、ただ受け入れているだけのようにも感じる。
空間操作。
流哉の知る限り、それは魔術の系統の中でも比較的稀有な才能だ。
それを扱える者が、これほど容易く『諦める』とは。
頼った師が悪かったのか、それとも、器が伴わなかったのか。
流哉が知る空間属性の魔術師の連中は、皆、自らの特異性を過剰なまでに自覚し、傲慢ささえ漂わせていたものだが。
この少女のように、花開く前に自信を砕かれているケースは、初めてかもしれなかった。
「……なるほど。才能、ね」
流哉は、面白くなさそうに呟く。
「随分と、物分かりがいいらしい。
その師とやらの言葉を、疑いもせずに鵜呑みにするとはな。
魔法使い《ほんもの》に会って、完膚なきまでに叩き潰されたというのなら、まだ理解もできるが……その師とやらが、ただ単に節穴だった可能性は考えないのか?
自身の中に眠る、そいつが見抜けなかっただけの才能が、これから開花するかもしれないというのに」
挑発的な言葉。だが、アレクサンドラの表情は変わらない。ただ、瞳の奥に、一瞬だけ、僅かな痛みの色がよぎったように見えた。
「……まさか。才能など、私にはありません。
私は、何度もそう言われましたから。そんなものが、私にあるはずが……」
彼女の心を縛り付けているのは、その『師』とやらの言葉らしい。
己の価値観だけを絶対とし、他者の可能性を摘み取るタイプの人間か。
それは、古い世代の魔術師によく見られる悪癖だ。
あるいは、単なる嫉妬か。
いずれにせよ、流哉とは相容れない種類の人間だろう。
「信じるも信じないも、好きにすれば良いさ」
流哉は、肩を竦める。
「だが、覚えておけ。
オレのような存在ならば、滅多に起こすかどうか分からない気まぐれで、その埋もれた才能とやらを見つけ出せるかもしれない。
無理やりにでも開花させてやれるかもしれない、ということをな。
まあ、そんな万に一つの可能性に賭けてみるというのも、一つの選択肢だろう」
諦めた夢。諦めさせられた夢。
それを、世界で数えるほどしかいない魔法使いである自分が、今、『惜しい』と判断した。
その事実だけを、突きつける。
このアレクサンドラという少女の奥底には、まだ磨かれていない原石が眠っている。
現時点での潜在能力だけなら、あるいは隣にいる冬城燈華よりも、見込みがあるかもしれない――そんな冷徹な計算が、流哉の頭をよぎる。
……この才能に、西園寺紡が気づいていないはずがない。
この二人をわざわざ俺の前に連れてきた意図も、そのあたりだろうか。
邪推に過ぎないが、あの魔女の行動には、常に何かしらの計算が働いている。
その時だった。
アレクサンドラは、俯いていた顔を上げようとせず、ただ、静かに、ぽろぽろと涙を零し始めたのだ。
声を殺し、肩を震わせるでもなく、ただ透明な雫だけが、彼女の白い頬を伝っていく。
その様子に、隣にいた燈華が「えっ、アレックス!? だ、大丈夫!?」と慌てふためいている。
彼女が涙を見せるのは、普段は滅多にないことなのだろう。
流哉は、その光景をただ無感動に眺めていた。
そこへ、いつの間にか紅茶を飲み干していた紡が、空のカップを手に、静かに近づいてきた。その表情は、いつも通り読めない。
「どうかしら。私が目をつけた二人の、才能は」
まるで、品評会でもしているかのような口ぶりだ。
「……紡は、全て分かった上で、この二人をここに連れて来たんだろう?」
「さあ? 私は何も。
この場に彼女たちを誘ったのは燈華よ。
私はただ、静観していただけ」
白々しい。だが、それを追及する気も、今の流哉にはなかった。
この魔女がわざわざ流哉に意見を求めてくるあたり、才能を見抜いたはいいが、その扱いに困っているか、あるいは、単に流哉に見せびらかしたいだけか。
後者の可能性が高い、と流哉は踏んでいた。
「才能なら、二人とも十分にあるだろう。そこにいる燈華や秋姫も含めてな。
だが、クリスティアナに関しては、あとは本人が『自覚』するだけの問題だ。
アレクサンドラについては……師と仰ぐ人間を、根本的に間違えた、としか言いようがない」
「貴方が素直に他者を評価するなんて、珍しいこともあるものね。
アレックスの件は私も同意見よ。あの子が関わった相手は……ええ、本当に、最悪の選択だったわ。
その正体を知れば、貴方も驚くでしょうけれど」
「他人の過去に興味はない。
紡がそこまで言うのは珍しいとは思うが、オレとしてはどうでもいい、というのが率直な感想だ」
「そう言うと思ったわ。まあ、それでいいのでしょうね。
私たち魔法使いは、それぞれの理で動くもの。
自身の思考と利益を第一に優先するのは当然のことよ」
良くも悪くも、思考の根幹は似ているのかもしれない。
自己の探求と利益が最優先。
他者への干渉は、そこに何かしら、自身への『益』が見込める場合に限る。
クリスティアナとアレクサンドラという存在は、間違いなく、この西園寺紡にとって、何らかの益をもたらす『駒』だということだろう。
「どんな打算があるかは知らんが、オレを利用しようというなら、それなりの対価を要求するぞ」
「利用だなんて人聞きが悪いわね。
私は、ただ、この子たちの未来を少しだけ気にかけているだけよ」
それが結果として自身の利益へと繋がる、という意味だろう。
魔法使いの『卵』と、魔術師でありながら魔法に至るかもしれない人材。
手元に置けば、大きな力になる。
「残念ながら、オレは興味がない」
流哉は、きっぱりと断じた。
「オレは……いや、オレにこれ以上関わらないのなら、何も口を出さん。
もう、誰かの都合で動くのは懲り懲りだ。
他人に振り回されるのは、もう御免だ」
「……連盟の使い走りが、よほど応えたようね」
紡の声に、僅かな嘲りが混じる。
「私なら、嫌な仕事は絶対に受けないけれど。
まあ、連盟との力関係を考えれば、貴方にも多少の同情はするわ」
「そう言う紡も、オレと同様に何かしらの『罰』を受けている身だろう。
この二人を押し付けられたのが、その証拠だ」
「きっかけはそうだったかもしれないけれど、現状に不満はないわ。
この子たちとの日々は刺激的で、なかなか面白い観察対象よ」
罰の重さは違う。
流哉に向けられた連盟の敵意には、長年積み重なった怨嗟も含まれている。
特に、あの忌々しい男――ロバート・ガウルン。
奴の差し金が、流哉をこの日本に縛り付けている原因の一つでもあるのだ。
……必ず、落とし前はつけさせる。
心の奥底で、冷たい復讐の炎が燻るのを、流哉は自覚していた。
「連盟の話しは、これ以上するな。気分が悪くなる。
ロンドンに戻ったら、まず一人、再起不能にしてやる予定があるんでな」
「あら、当ててあげましょうか。例の七光りの、ロバートでしょう?
最近の連盟の報告書は、貴方と彼のゴシップ塗れよ。
次にどちらが『事故』に遭うか、なんて下世話な賭けまで行われている始末」
「……賭けの対象か。くだらんな。
連盟の連中は、相変わらず趣味が悪い」
流哉は、吐き捨てるように言った。
賭けの対象になっているのは知らなかったが、おおよその内容は予想がつく。
流哉がどうロバートを処断するのか、ということだけだろう。
多額の請求をしても良いが、それでは流哉の気が晴れない。
「まあ、当たりだよ。だが、殺しはしない。
死なない程度に、そうだな……再起はできんよう、跡形もなく、徹底的に叩き潰すさ」
「それは楽しみね。
それらしいところに、少しばかり賭けておきましょうか」
紡は、楽しそうに微笑んだ。
賭けの対象がどうなろうと、彼女にとっては些末なことなのだろう。
流哉は、それ以上何も言わず、再び冷めた紅茶に口をつけた。
もう、この話は終わりだ。
今回の話し、どうでしたか。
今回の話しではアレクサンドラについて踏み込んでみました。
彼女の悲願とは、流哉と紡が無能と言い切った師とは。
謎が多い少女です。
本日はもう一話、いつもの時間で投稿の予定です。
楽しみにして頂ければ幸いです。
※三上堂司からのお願い※
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