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26.燈華の覚悟『その拾参』黄昏の開示、あるいは境界線上の偽証

流哉の視点となります。

楽しんで頂けたら幸いです。


一週間連続投稿チャレンジも最後です。


タイトル付け、大幅な加筆と修正を行いました(2025/04/21)

 西日の傾きかけた洋館の一室。

 古びた窓硝子まどガラスを透る光は、その勢いを失い、床に投げかける影を濃くしていた。

 空気は重く沈殿し、ちりの粒子だけが黄金色に舞っている。

 長い年月だけが醸し出す、濃密な静寂がそこにあった。


 そこに集うのは、数奇な運命えにしに手繰り寄せられた者たち。

 永いようで、刹那のようでもあった濃密な時間はまもなく終わりを告げる。


 神代流哉かみしろりゅうやが、彼女たち――─冬城燈華とうじょうとうか西園寺紡さいおんじつむぎ大津秋姫おおつあき、そしてこの館に集った異邦からの客人、アレクサンドラとクリスティアナ――─へ向けて行ってきた儀礼的な開示。

 その終幕が、静かに訪れようとしていた。


 流哉自身、こんな真似は生涯で二度とあるまいと確信していた。

 己が秘蔵する魔導器の数々、その真髄を他者の前で開帳するなど初めてのこと。

 過去、現在、未来を通じても、これは絶対的な例外。


 これは前例ではない、あくまでも、特例だ。


「……これで、最後になってしまいましたね」


 静寂を破ったのは、大津秋姫の声だった。

 滑らかな絹を思わせる響きの中に、過ぎ去る時を惜しむような、微かなかげが揺らめいた。

 美しい旋律が終わりを告げる、その瞬間の余韻にも似て。


「最後の魔導器……かの織布について、詳しく教えていただけますか」


 彼女の理知的な瞳が、流哉の手元にある最後の“遺物”へと注がれる。

 そこに横たわるのは、一枚の布。ただ、それだけに見える布切れ。


 窓から差し込む弱々しい陽光にかざしてみても、複雑な刺繍や、目を引くような意匠は見当たらない。

 強いて言うならば、月光をそのまま固めたかのような、淡く、捉えどころのない色彩を帯びていた。

 街の仕立屋の隅に打ち捨てられていても、誰も気にも留めないだろう。


 ありふれた、古びた布。

 新しさも、珍しさも、そこにはない。

 ただの布。それ以上でも、それ以下でもないように思えた。


 ――─しかし、それは“視る”ことのできない者たちの錯覚に過ぎない。

 真実を見抜く眼を持つ者ならば、あるいは、神秘の残滓に触れることのできる感受性を持つ者ならば、瞬時に理解するだろう。

 その凡庸ぼんような外見の奥底に、どれほど異質で、どれほど根源的な力が眠っているのかを。


 それは、現代いまという時代が失ってしまった、遥か古の法則ルール

 人が作り上げた常識などという矮小わいしょうな物差しでは到底測ることのできない、神秘という概念が辿り着いた、一つの極点。


「ああ。最後まで残った、この一見すると何の価値もない布切れこそが」


 流哉の声は、夜の湖面のように静かだった。

 感情の波紋一つ立たない、平坦な響き。


「これまでに見せてきた数々の“奇蹟”の中でも、ある意味では最も深遠であり、最も根源的な神秘を宿している、と言えるかもしれない」


 彼は、指先でゆっくりとその布の表面を撫でた。

 まるで、古くからの友人に触れるかのように、あるいは、触れてはならない猛獣を宥めるかのように。


「この布の名は『アラクネの織布』。

 その名の通り、神話に語られる女――あるいは、怪物――アラクネそのものが紡いだモノだ。

 それも、比喩や模倣ではない。

 正真正銘、神々の時代の生物が、その存在そのものを賭して織り上げた、本物の『神代(レイジ)(・オブ・)幻想(ファンタズマル)』だ」


 言葉の一つ一つが、まるで重い錨のように、部屋の空気の中に沈んでいく。


「人の手によって磨き上げられた技巧の極致などではない。

 模倣によって再現された神秘の写し絵でもない。

 これは、遥かなる神話の時代(サーガ)を生きた存在が、己が血肉と魂、その全てを注ぎ込んで織り上げた、真実の奇蹟(きせき)そのものだ。

 このオレ自身、そう何度も気安く目にできる類のものではない」


 秋姫と燈華の瞳が、驚愕と純粋な好奇心に見開かれる。当然の反応だろう。

 だが、それだけではなかった。

 普段は感情の起伏をほとんど見せない西園寺紡の、玻璃玉はりだまのように冷たい双眸そうぼうにも、ごく微かな熱が灯るのを、流哉は見逃さない。

 傍らに控えるアレクサンドラとクリスティアナもまた、息を詰め、その視線は寸分の狂いもなく、一枚の布へと吸い寄せられていた。


 現代に生きる者が、神話の残滓ざんしを、これほど鮮明に、これほど間近に目撃する機会などない。

 それは、遥かな過去に失われ、決して取り戻すことのできないはずの名誉であり、同時に、抗いがたい誘惑でもあった。


 神話生物の作製物。

 それは、人類史におけるある特異な一点を境として、急速にその輝きを失い、世界から姿を消していった奇蹟(きせき)の具現。幻想の残照。


 ─――ある一人の男の生誕。

 その瞬間が、まるで分水嶺のように、世界の在り様を決定的に変えた。

 それまで世界を満たしていた神秘の濃度は、緩やかに、しかし誰にも止めることのできない絶対的な力をもって、希薄化の一途を辿ることになったのだ。

 神話の時代(サーガ)に息づいていたモノたちにとって、それは存在基盤の崩壊に等しい変革だった。

 根源的な力を奪い去っていく人間という種族。

 彼らにとって、人は、その存在そのものが不倶戴天(ふぐたいてん)の敵として認識された。

 あるいは、自らの時代を終わらせた、忌むべき簒奪者さんだつしゃとして。


 人間にとって、唯一の、そして最大の幸運があったとすれば。

 それは、神話の住人たちの多くが、人間との全面的な衝突を選ぶ前に、それぞれの新たな安住の地を見出したことだろうか。


 ある種族は、彼らを創造した神々の御許へと招かれ、その領域へと還っていった。


 またあるモノたちは、気まぐれで強力な妖精の女王の庇護を受け、『女王の楽園』と呼ばれる、この世ならざる異界へと誘われた。


 そうして、人間が本来ならば対峙し、存亡を賭けて戦うはずだった数多の脅威は、徐々に、しかし確実に、この世界からその姿を消していった。

 まるで、潮が引くように。醒めるはずのない悪夢から覚めるように。

 結果として、人は、この惑星ほしの新たな支配者として、現代に至るまで君臨(くんりん)し続けている。

 自らが奪い取った玉座の上で、かつての支配者たちの脅威を忘れ去りながら。


 神話生物の手による創造物など、今や御伽噺の中にのみ存在する幻影。

 書物に記された、遠い時代の伝説。

 一般の人間はおろか、魔術の深奥を探求し、神秘の道を歩む者たちでさえ、その現物を目にすることは、ほとんど不可能に近い。

 それは、失われた時代の遺物であり、触れることすら叶わぬ、天上の星の如き存在なのだ。


「……本物のアラクネの糸で織られた布、ね……」


 紡の声は、普段の抑揚のない、まるで磨かれた氷のような響きとは異なり、微かに震え、隠しきれない熱を帯びていた。

 彼女の白い指先が、無意識にか、自身のスカートの裾を僅かに握りしめている。


「私も、これほど純粋な神話の産物を、この眼で見るのは初めてのことよ。

 驚嘆に値するわ……あの『魔法連盟』が、よくもまあ、これほどの代物を、貴方一個人の所有物として看過しているものね」


 その言葉には、純粋な学術的興奮と、そして、ごく僅か、所有者への羨望にも似た何かが混じり合っているように、流哉には感じられた。


 神話(しんわ)残滓(ざんし)

 その言葉は、彼女の魂の奥底に眠る、知的好奇心という名の琴線(きんせん)を、激しく、そして甘美に掻き鳴らす。

 彼女のような存在にとって、それは何物にも代えがたい至宝に違いないのだから。


 現代の神秘の管理者を自称する集団――あるいは、流哉が所属する組織、通称『魔法連盟』が用いる魔導器のランク付け。

 それ自体、元を辿れば、古代の錬金術師たちが連綿と受け継いできた評価体系を踏襲(とうしゅう)し、時代に合わせて改変した模倣に過ぎない。

 そして、その最高ランクに位置づけられる『神代(レイジ)(・オブ・)幻想(ファンタズマル)』というカテゴリー。

 その真の由来、その根源にあるものこそ、人の叡智や技巧を超越した、神話時代の生物による創造物そのものを指す。


 魔術師といえども、いや、魔術師であればこそ、その価値を痛いほど理解している。

 それを手に入れることが、どれほど天文学的な確率であるかも。


 それは、偶然や幸運だけで手にできるものではない。

 多くの場合、血と、裏切りと、そして永い年月を代価として要求される代物だ。


「まあ、オレが所有する数ある“収集品コレクション”の中でも、それなりに価値のある一品だと自負はしている」


 流哉の声には、意図的に、僅かな誇りの色が乗せられていた。

 無論、それは真実の一面を巧妙に覆い隠すための、計算された偽装だ。

 大切なモノであることに嘘偽りはない。

 だが、己の全てを代表するほどの絶対的な価値を持つかと言われれば、答えは否。

 これは、彼の持つ数多の“奇蹟”の中の一つに過ぎない。


 しかし、今はそれでいい。

 紡の昂揚こうようした感情そのものを利用させてもらうとしよう。


 紡の警戒心を僅かでも和らげ、こちらのペースに引き込むための、ささやかな一手。


「それで、その……能力は、教えていただけるんでしょうか!?」


 秋姫の声が、期待に弾んでいた。

 先程までの落ち着きはどこへやら、その瞳は好奇心に満ち溢れ、未知の玩具を与えられた子供のように、爛々と輝いている。


 この熱意、この純粋な探求心を利用しない手はない。

 あと一押し。ほんの少し、言葉を重ねるだけで、目的とする成果は得られるはずだ。


「能力、か。そうだな……」


 流哉は、再び指先で織布の表面を滑らせる。

 その感触は、驚くほど滑らかで、それでいて、どこか無機質な冷たさを帯びている。


「一言で言い表すなら、『頑丈で、決して汚れない』、ということになるだろうか」


 彼は、こともなげに告げる。

 まるで、道端に落ちている石ころの性質を語るように。


「どれほど酷い汚れが付着しようとも、清らかな流水で軽く(すす)いでやるだけで、瞬時に元の清浄さを取り戻す。

 泥にまみれようが、血に染まろうが、まるでそんな事実は最初から存在しなかったかのように、だ。

 そして、この布を物理的に断ち切ることは、事実上不可能とされている。

 伝説によれば、運命を司る三女神が持つとされる、あの特別な裁ち(ハサミ)でもなければ、この糸を切断することはできない」


 流哉は、そこで一度言葉を区切った。

 部屋の空気が、音もなく張り詰めるのを肌で感じる。


「仮に、この布で衣服を仕立てたとしたら……それは、おそらく、現存するいかなる鎧よりも“切断”に対しては堅牢けんろうだろう。

 切る、裂く、断つ、といった概念そのものが、この織布の前では意味を失う。

 対抗手段があるとすれば、それは切断以外の方法を用いることだ。

 例えば、強大な衝撃を与えて、着用者ごと内部から破壊するか。

 あるいは、織り目の僅かなほつれを見つけ出し、そこから気の遠くなるような時間をかけ、一本、また一本と糸を抜き続け、最終的に無力化するか……まあ、現実的な方法とは言えないがな」


「鎧よりも頑丈な服……?

 でも、衝撃は通すって……それって、どういうこと……?」


 疑問を口にしたのは、燈華だった。彼女の眉が、困惑したように寄せられる。

 それは、至極もっともな疑問だった。

 頑丈さと、絶対的な防御力は、必ずしも同義ではない。


 事実、この『アラクネの織布』の防御性能は、物理的な切断に対してのみ、ほぼ絶対的な効力を発揮するに過ぎない。

 衝撃を吸収したり、熱や冷気、あるいは魔術的な攻撃を減衰させるような能力は、この布には備わっていない。

 頑丈な布を纏っていたとしても、巨大な鉄槌で殴られれば、骨は砕け、内臓は破裂する。

 布は無傷のまま、中の人間だけが無惨むざんむくろと化すだろう。


 頑丈である、という言葉の意味。

 それはあくまで、アラクネの糸が持つ、物理的な切断を許さないという、極めて特異な性質に起因している。

 ただ硬いだけの岩を砕く方法が、打撃、爆破、風化など、いくらでもあるように。

 この一見すると無敵に見える織布に対しても、攻略法は決して皆無ではないのだ。


「衝撃は、そのまま透過する……ということですね。

 つまり、これを纏えば絶対に安全、という最強の守りという訳ではない、と」


 流哉が補足をする前に、既に秋姫は、この織布の本質と限界を正確に把握していた。

 その怜悧れいりな分析力と、状況を即座に理解する聡明さ。

 流哉は内心で小さく息を吐く。


 ……なるほど、理解が早く、物の本質を正確に捉える。

 非常に優秀だ。


 彼女の思考は、淀みなく、的確に核心を突いてきた。


「その通りだ。この織布が内包する神秘の格、それを上回るだけの熱量やエネルギーを叩きつければ、焼き切ることも、溶解させることも不可能ではない。

 それこそ、(ドラゴン)息吹(ブレス)のような、超高密度の熱エネルギーの前では、そこらの綿布と大差ない結果をもたらすだろう。

 決して、あらゆる攻撃を防ぎきる絶対無敵の鎧、という訳じゃない。過信は禁物だ」


 流哉の率直な返答に、秋姫は深く頷いた。

 その澄んだ瞳の奥で、高速で思考が回転しているのが見て取れる。

 おそらく、彼女の怜悧な頭脳の中では、この『アラクネの織布』に対する有効な対策や、利用方法が、既にいくつも構築され始めているのだろう。


 一方、冬城燈華はというと……。

 先程までの技術的な問答には、既に興味を失ってしまったらしい。

 その双眸は、再び、流哉の手の中にある織布へと注がれている。

 だが、その視線は、先程までの好奇心とは少し違う色合いを帯びている。

 まるで、初めて見る美しい宝石か、あるいは、夜空に輝く星々を見上げるかのように、純粋な感嘆かんたんと、憧憬しょうけいに満ちている。

 彼女は、織布の微細な繊維の一本一本、その織り成す複雑なあやを、飽きることなく、じっと見つめていた。


「それにしても……」


 やがて、燈華はぽつりと呟いた。

 その声は、先程までの疑問の色をすっかり洗い流し、どこか夢見るような響きを帯びている。


「本当に、綺麗だよね、この布」


 彼女は、うっとりとした表情で言葉を続ける。


「よく見ると、ところどころに、まるで透明なインクで絵を描いたみたいに、不思議な模様が織り込まれてる。

 光の当たり方とか、見る角度をほんの少し変えるだけで、全然違う表情を見せるのよね。

 キラキラしたり、すうっと透明になったり……。

 どんな汚れが付いても、水で濯げば綺麗になるって、流哉りゅうや君は言ったけど……でも、こんなに美しい布で、何か汚いものを拭くなんて、そんなこと、もったいなくて私にはできないよ」


 その言葉。その感嘆。

 それは、かつて流哉が自身の宝物庫で耳にした、ある住人の言葉と、奇妙なまでに一致していた。

 彼の宝物庫の管理を任されている、ドワーフ族の若き工匠、ミスティ。彼女もまた、この織布を初めて見た時、全く同じようなことを口にしたのだ。

『こんな美しいものを、雑巾代わりにするなんて、主殿あるじどのの美的感覚は、私にはまったく理解できない』

 と、心底呆れたように。


 流哉自身、芸術的価値という概念を理解できないわけではない。

 この織布が持つ、人の手では再現不可能な精緻さと、神秘的な美しさは、確かに認めるところだ。

 だが、忘れてはならない。

 この織布の起源を辿れば、そもそもは流哉自身が、神代の怪物アラクネに対して、「とにかく丈夫で、汚れを気にせずに使える布が欲しいんだ。できれば、手入れが簡単なやつを」と、極めて実用的な目的を明確に伝えて製作を依頼したもの。

 その対価として、アラクネたちが望むだけの魔力(マナ)を支払った。


 依頼主として、使用用途を明確に伝え、正当な対価を支払って作ってもらった以上、流哉に何ら落ち度はないはずだ。

 誰が何と言おうと、もしこの織布に個人的な愛称をつけるとしたら、それは『雑巾』という、実用性に振り切った二文字以外にありえないと、流哉は密かに、そして固く信じている。


 だが、そんな内心の呟きを、この場で口にするのは無粋というものだろう。

 燈華の純粋な感嘆を、わざわざ水を差して汚す必要はない。


「……神代かみしろ流哉りゅうやさん」


 不意に、静かで、しかし芯のある声が響いた。

 今日、この場において、初めて自ら口を開いたのは、西園寺紡だった。

 その声音には、普段の、感情の温度を感じさせない無機質な響きの中に、まるで研ぎ澄まされた刃物のような、鋭利な緊張感が潜んでいる。

 彼女の視線が、真っ直ぐに流哉を射抜いていた。


「私から一つ、質問をしても?」


「……答えられる範囲であれば、な」


 流哉は、内心の警戒を悟られぬよう、努めて平静を装いながら、短く応じる。

 この少女まじょを相手に油断は禁物だ。

 彼女の問いは、常に的確で、そして容赦がない。


「別に、難しいことではないわ。ただ、少し気になっただけ」


 紡は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 その瞳は、獲物を定め、その動きを一瞬たりとも見逃すまいとする蛇のように、流哉の心の奥底までも見透かそうとしている。


「その『アラクネの織布』。神話の時代(サーガ)に作られたものだと貴方は言ったわね。

 それが真実ならば、途方もない歳月が経過しているはず。

 それにしては……この布は、あまりにも綺麗すぎないかしら?

 まるで、昨日織られたばかりのように。

 その理由を、教えていただきたいのだけれど」


 ……嫌な質問だ。それに、鋭い問いだ。


 この問いに、正直に答えてしまえば、それは、流哉がこれまで慎重に隠し通してきた、自身の存在に関わる重要な秘密の一つを露呈させることに繋がる。

 それは避けなければならない。

 曖昧な言葉で巧みに煙に巻き、話題の核心から注意を()らす必要がある。


「……さて、どうだろうな」


 流哉は、わざとらしく肩を竦めてみせた。


「これを発見したのは、古代の遺跡の奥深く。それも、これまで誰も見つけられなかった未踏の遺跡だった。

 内部の時間が、外部とは異なる流れ方をしていたとしても、何ら不思議はないだろう?

 何かしらの強力な結界や、時間軸を歪めるような魔術が施されていたのかもしれない。

 悠久の時を、ただ隠れ潜み、眠り続けてきただけの力が、この状態を保っていた。

 そう考えるのが、自然ではないか?」


 流哉の声は、意図的に曖昧さを孕み、確信を避けるような響きを持たせていた。

 嘘ではない。だが、真実の全てでもない。


「フーン……」


 紡は、僅かに目を細める。

 その仕草だけで、彼女が流哉の言葉を鵜呑うのみにしていないことが伝わってくる。


「そういうことにしておいてあげるわ。今は、ね」


 彼女の瞳は、依然として流哉の奥底を探るように、鋭く光っている。

 見つけた獲物を決して逃がすまいとする、冷徹な狩人の眼差しのように。


「でも、貴方なら、よく知っているはずよ?

 魔法使いの探求への執念が、どれほど深く、どれほど“執拗しつよう”であるかを」


 その言葉には、明確な牽制と、そして、いずれ真実を暴き出すという、静かな宣言が込められていた。


「ああ、知っているさ」


 流哉は、平静を装ったまま、しかし内心では最大限の警戒を維持しながら応じる。

 油断すれば、この少女は、どんな手段を使ってでも真実に辿り着こうとするだろう。


蛇蝎だかつのようにしつこいってことは、よく、ね」


 彼は、ゆっくりと立ち上がり、手の中の織布を丁寧に折り畳んだ。

 その動作は、まるで儀式のように厳かで、静かだ。


「だが、神秘に関わる者、それを追い求める者ならば、皆、理解しているはずだ。

 この世に存在する、いかなる難攻不落の城塞よりも、いかなる厳重な封印よりも……」


 流哉は、静かに、しかし絶対的な確信に満ちた声で告げる。


「『神代かみしろ流哉りゅうやが所有する宝物庫は、いかなる侵入者をも拒む、絶対不可侵の聖域である』という、事実を」


 いかなる秘密も、いかなる真実も、その全ては、流哉の宝物庫の深奥に眠っている。

 それは、何よりも堅牢(けんろう)な要塞であり、その扉を開く鍵は、所有者である流哉以外には、決して手にすることができない。

 誰の干渉も許さぬ、流哉だけの領域。


 最後の魔導器、『アラクネの織布』。

 神話の残滓であり、数奇な運命を辿ってきた一枚の布は、今、その絶対的な守護の下へと、再び静かに収められようとしていた。


 西日の最後の光が、部屋から完全に消え去ろうとしている。

 後に残されたのは、深まる影と、言葉にならない緊張感、そして、それぞれの胸に去来する、複雑な想いだけだった。

今回の話し、どうでしたか。

流哉の説明も終わりました。

難攻不落の宝物庫。

流哉の宝箱にはどれほどの魔導器が貯蓄されているのか、燈華達が知るときがいつか来ます。


一週間連続投稿チャレンジ、何とか完走?しました。

最終日だけ日付を超えてしまったのは遺憾です。

その辺りを『徒然日記』で書くかもしれません。

興味がありましたら、作者のページから覗いてみてください。


※三上堂司からのお願い※


ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

読者の皆様へ筆者からのお願いがございます。

本作を読んで、「面白かった」「続きが気になる」等、少しでも思って頂けましたら、

・ブックマークへの追加

・評価『☆☆☆☆☆』

以上の二点をして頂けますと大変励みになります。

評価はページ下部にあります、『ポイントを入れて作者を応援しましょう』項目の

『☆☆☆☆☆』ボタンを『★★★★★』へと変えて頂ける大変励みになりますので、何卒よろしくお願いします。

これから物語を書き続けていく上でのモチベーションに繋がります。

今後ともよろしくお願いします。

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