25.燈華の覚悟『その拾弐』幻想蒐集譚-アメガムノンの指輪-
流哉の視点となります。
楽しんで頂けたら幸いです。
タイトル付け、加筆と修正を行いました(2025/04/17)
残るは、指輪と、最後に控えるあの織布。
神代流哉の意識は、既に目の前の奇妙な装飾品から離れ、遠い過去の残滓へと遊泳していた。
祖母に与えられた生きる為の意義と、役割の意義について、思案する。
早く、この状況から解放されたい。
日常という名の、微睡むような安寧へと帰還したい。
だが、目の前の少女たちの瞳は、好奇心という名の熱を帯びていた。
それは、制御不能なエンジンのように、淀むことなく探求へ突き進むだろう。
その熱は、流哉の静謐な願いなど容易く焼き尽くすだろう。
「次は……指輪で良いか?」
流哉の声は、どこか投げやりだった。
問いかけというよりは、事務的な確認に近い。
いつの間にか、この場の流れは彼女たちの掌の上だ。
少女たちの探求心は、底の見えない沼のように、静かに、しかし確実に、流哉を沈ませていく。
「はい。指輪もきっと『神代の幻想』級ですよね?」
大津秋姫の声音は、磨かれた宝石のように、期待の輝きを帯びていた。
それは、錬金術師故の性か。
至高の神秘を追い求める、神秘に魅入られた全ての人達の共通する原理か。
流哉から提示された、あり得ないほどの高位の魔導器。
その系譜に、当然のように連なるであろう指輪への興味は、もはや抑えきれない衝動なのだろう。
指輪。
次に語るべきは、その古めかしい装飾品。
流哉から言い出したとはいえ、指輪の説明で良いというのは、あまりにも成り行き任せではないか。
だが、秋姫当人としては、どちらでも良かったのだろう。
ただ、目の前に存在する『本物』を、その所有者から直接解説してもらえるという、千載一遇の機会を逃すまいとしている。
「指輪の名前は『アメガムノンの指輪』という。
ランクはご想像の通り『神代の幻想』だ。
神々という超常の存在がまだ地表に居た頃、神話の時代に起源を発する。
一部の地方で英雄の時代と言われていた時期に、アメガムノンという英雄が実際に身に着けていたとされる指輪だ。
身に着けた者に、超常の域まで力が増加する加護が与えられる。
ただそれだけの代物だ」
流哉の言葉は、淡々としていた。
そこに感情は一切込められていない。
神話の時代の英雄。
その名が持つ重みとは裏腹に、その説明は簡潔すぎるほどだ。
まるで、語るに値しない、取るに足らない事柄であるかのように。
指輪を手に入れた経緯は、語るまでもない。
英雄の遺産。
それは、悠久の時を超え、土の下深くに眠る秘宝。
墓を暴くという、倫理の外れた行為なしには、その手に掴むことは不可能に近い。
そもそも、本当に埋葬された場所を見つけ出すなど、トレジャーハンターたちが血眼になって追い求める、垂涎の情報。
そして、流哉は、そのような情報を誰かに教えることなど、決してありえない。
財宝を見つける喜びも、古代の浪漫に心を焦がす感情も。
それらは全て、今はもう傍にいない、大切な友人との、色褪せない思い出の中にだけ、そっとしまっておけば良い。
「太古の英雄が身に着けていたモノですか……本物なら博物館に寄贈されていて当然の代物ですよね。
先ほどの耳飾りと違って由来がハッキリしているのでしたら、ですけど」
秋姫の言葉には、探るような視線が込められていた。
常識的に考えれば、神話の英雄の遺品など、実際に発掘されれば大騒ぎになる代物。
検査や管理など含めて、公の場で保管されるべきもの。
ましてや、その来歴が明確であるならば、なおのこと。
彼女の疑問は、もっともなものだった。
しかし、この屋敷に存在する現実は、その常識をやすやすと覆してしまう。
魔法使いの理屈は、常に一般の常識を凌駕する。
「その心配はいらない。表の歴史ではアメガムノンの墓から出土したのは仮面となっている。
オレが見つけた場所は公開されている場所ではないし、オレと友人が口を滑らさない限り情報は隠匿されたままだ」
流哉の口元には、かすかな嘲笑が浮かんだ。
表の歴史など、都合の良いように書き換えられた、虚飾の物語に過ぎない。
真実は、常に人知れず、闇の中に隠されている。
流哉と友人が踏破した、地図にない遺跡の奥深く。
そこで発見された指輪の存在は、誰にも知られることなく、流哉が所有するこの世のどこにも存在しない宝物庫で静かに眠り続けてきたのだ。
「そんな情報を公開するような物好きは、裏側に関わっていないと思います。
それにしても、英雄の遺産なんてそうそうお目に関われないですよね……魔法使い同士のペアなんて反則です」
秋姫は、諦めたように肩をすくめた。
裏側の世界の住人ならば、このような秘匿された情報が表沙汰になることの危険性を、本能的に理解しているだろう。
そして、古代の英雄の遺産を、魔法使いの手によって発見されたという事実は、彼女の探求心を大いに刺激する。
羨望という感情が、その瞳の奥で小さく燃え上がっていた。
「英雄の遺産だとか、古代の浪漫だとかは求めない方が良いと言っておく。
そもそも未発見の遺跡を引き当てるのも天文学的な数字の運を求められる。
仮に、仮にだが運よく見付けられたとして、どうする?」
流哉の声は、いつになく真剣だった。
それは、過去の苦い経験からくる、忠告という名の警鐘。
古代の浪漫に心を奪われることの危険性を、彼は身をもって知っている。
未踏の領域に足を踏み入れることは、甘美な誘惑に満ちているが、同時に、想像を絶する危険が潜んでいる。
「もちろん、神秘に連なるモノがないのかを確認します」
秋姫の答えは、迷いのないものだった。
錬金術師として、神秘を追い求めることは、プログラミングされた行動原理に近い。
そこに可能性が存在するならば、たとえ茨の道であろうとも、躊躇なく足を踏み入れる。
それが、秋姫の魂に刻まれた、宿命と言えるものだった。
「一つ、面白い話しを聞かせてやる。
昔、ある遺跡に入った者達の話しだ。
未発見、それも先史文明期の可能性もある。発見した者達は大喜びで中を物色した。
数日後、帰らないことを怪しんだモノ達が捜索依頼を魔法連盟に申請し、依頼を受諾した魔法使いが遺跡へ侵入。
結果として中から見つけたのは幾つかの遺産と、最初に侵入して宴を上げた愚か者の亡骸が数体分だった」
流哉は、遠い記憶を淡々と読み上げるように語り始めた。
それは、戒めの意味を込めた、寓話のような物語。
分を超えた好奇心は、時に、取り返しのつかない悲劇を招く。
遺跡に眠る神秘は、甘美な誘惑であると同時に、牙を剥く危険な猛獣でもあるのだ。
「……数年前に、連盟からの報告書にあった遭難事故ね」
西園寺紡の声は、静かで、どこか冷ややかだった。
彼女は、そのような悲劇を、他人事のように受け止めている。
いや、実際に他人事なのだ。童話の魔女にとって、愚かな人間の話など、心惹かれるものではない。
魔法連盟の報告書。
それは、同胞である魔術師たちへの警告と、魔法使いへの結果報告書。
どのような隠匿のアイデアも、魔法使いの眼を誤魔化すことは叶わない。
あるがままの事実を報告し、魔法使いからの不当な怒りを買わない為の防衛手段。
事故という言葉で片付けられた、愚かな探求者たちの末路は、同胞である魔術師への警告であり、魔法使いからの干渉を避ける為の方便。
「どういう幕引きを連盟がしたのか、そんなことにオレは興味はない。
当事者であるオレに報告書はよこさないしな。
まあ、分を超えた好奇心は持つべきじゃないってたとえ話だ。
この『アメガムノンの指輪』はその時に手に入れたモノ。
亡骸になった奴らは……まあ、死者の呪いって類のモノだ。こういう危ないモノもあるって事は覚えておいた方が良い、オレが言えるのはその位だ」
流哉の言葉は、重い警告を含んでいた。
そもそも、死体拾いなどという雑事を発生させるな、それを押し付けるな、という意味合いの方が強い。
『アメガムノンの指輪』。
それは、悲劇の遺跡から持ち帰られた、呪われた遺産の一つ。
強大な力を秘めていると同時に、死者の怨念を宿している。
流哉にとっては、何一つリスクのない玩具だ。
だが、その真実を語ることは、今の流哉がすることはない。
ただ、危険なものには近づかない方が良い。
それが、彼が伝えられる、精一杯の忠告だった。
釘を刺しておけば、危ないマネはしないだろう。
童話の魔法使いが協力するのならその限りではないが、あの気まぐれが自分の意思で遺跡に行くことは考えられない。
目的があれば誰にも言わずに行き、さっさと帰ってくるような奴だ。
誰かの為に動くことはしないというのは、流哉と紡に共通した認識になる。
今の紡ならもしかしたら……友人の頼みという事で聞く可能性があるかもしれない。
だが、それはあくまで、可能性の話し。
あの気まぐれな猫のような女の心を、予測することなど、誰にもできない。
「魔法使いの忠告という事でしたら、大人しく聞いておきます。
遺跡を探ることがありましたら、流哉さんか紡さんに付き添いをお願いすることにします。
それでしたら大丈夫ですよね?」
秋姫の言葉は、素直だった。
魔法使いの忠告は、重い。
それを無視すれば、どのような報いを受けるか、想像もつかない。
ならば、賢明な選択は、経験豊富な魔法使いの庇護の下で、危険な探求を行うことだろう。
「正当な報酬さえ支払ってくれるなら、私は構わないわ」
紡の声は、相変わらず、どこか冷めていた。
彼女にとって、他人のために動くことは、対価に見合うだけの価値があってこそ。
友情や善意など、曖昧な感情で動くことは、彼女の辞書には存在しない。
秋姫と言い、冬城燈華と言い、良い性格をしている。
流哉が付き合うかは別として、紡は報酬次第で動くと明言した。
友人との冒険の際に出くわす可能性が出たというのは厄介だ。
あの二人が、どのような目的でこの屋敷に滞在しているのか。
その真意を測りかねる流哉にとって、彼女たちの存在は、小さな火種のように、心の奥底で燻り続けていた。
「その話しは帰った後にでもしてくれ。
それで、指輪はもうしまっても良いか?」
流哉は、話を打ち切るように言った。
これ以上、過去の忌まわしい記憶を掘り起こしたくはなかった。
指輪に宿る呪い。
それは現在の所有者である流哉が最も自覚している。
精神を蝕む亡者の嘆き。それが英雄のものであるならば、効果も一入だっただろう。
その対象が、流哉でなければ、という枕詞が付かなければ、だが。
英雄と言えども、元を糺せば人である。たかが人の恨み、辛み、妬み、嫉み、嫌み、僻みなど、神の加護を受けている流哉には効かない。
遺跡で見せられた、無様な亡骸の最後の記憶。
それらは全て、余計な面倒ごとを押し付けられた忌々しい記憶として、流哉の中に蓄積されている。
「出自と能力、ランクに関しては教えて頂きましたし、私は大丈夫です」
秋姫は、もう十分に話しを聞けたという判断なのだろう。
その瞳には、満足の色が浮かんでいた。
『神代の幻想』級の魔導器。
太古の英雄の遺産。
それらの情報を得られただけでも、彼女にとっては大きな収穫だったのだろう。
問題は燈華だ、まったく読めない。
彼女の瞳は、常に何かを探るように、深く、静かに、流哉を見つめている。
その視線の奥に何が潜んでいるのか、流哉には全く分からなかった。
「私も特に惹かれるものはないし、良いんじゃないかな?」
燈華の声は、いたって何事もなかったように、無感情だった。
指輪に対する興味は、秋姫ほどではないらしい。
忘れかけていたが、燈華はまだまだ駆けだしたばかり。
流哉たち魔法使いが持つような魔導器を、駆け出しの魔術師見習いが見たことあるはずもない。
知識のない者に何と言っても理解は出来ない。
紡が優秀な導き手になることを期待するしかないだろう。
だが、その期待もまた、どこか空虚なものに感じられた。
燈華の瞳の奥に宿る、底知れない何か。
それが、流哉の心を、静かに、しかし確実に、蝕んでいた。
今回の話し、どうでしたか。
流哉の説明も折り返し地点を過ぎました。
今回の話しは流哉からの忠告がありました。
古い遺跡、ソレも未発見のモノには危険が一杯です。
今後流哉が遺跡に向かうこともあるでしょう。
なんだかファンタジーという感じがして、ワクワクしますね。
※三上堂司からのお願い※
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