3.町と山と昔話『その参』 町に伝わる昔話
流哉の視点となります。
楽しんで頂けたら幸いです。
加筆修正を行いました(2024/11/27)
重々しい見た目と裏腹に、山の中にひっそりと存在する神代邸にまつわる噂話しは数多い。
――――山の中には不思議な屋敷がある。
それはこの町に昔からある噂話。その数ある昔話の中で、共通して出てくる語り口の一つだ。
近代化しても朽ちることなく、宇深之輪町の住人であるならば知らない者はいない昔話の一つ。
集落の周りには何もなく、朽ちた社と狩猟を生業とする人達が使用する休憩所を兼ねた小屋くらいしか月衛山に建物がなかった時代。そんな大昔に一晩で煌びやかで怪しげな石の塊が山の中に現れたそうだ。
後の世になって、この時の村人が見たものは西洋建築の館であったことが判明し、石の塊は西洋の館へと書き換えられた。
村の狩人が猟をするために山へ入った際に発見したそうだ。恐ろしさのあまり逃げ出そうとしたが、どうしても中身を覗きたいという欲に駆られて空いている穴から中を覗くと、見た事もない人なのかどうかも分からない化け物が沢山いた。
食器と思わしきものや見た事もない美味そうな匂いを放つ料理らしきもの、可笑しな身なりの子供の形をした化け物が宙を浮いている。
慌てて村へ逃げ戻った狩人が火縄銃を片手に、自警団をなして乗り込むと、そこは廃墟同然の社のなか。外へ出て周囲を確かめるとそこに広がるのは見知らぬ景色。
鉄の馬が唸りを上げて走り、黒い雲を吐き出している。
空気の悪さに咳が止まらなくなり、道を行き交う異様な格好をした人々は手に持った板のような何かを見ながら俯き歩く。同じような顔の人間が、同じような見たこともない服を着て、死人のような顔で歩いている。
かすかに聞き取れる言葉は同じように感じるが、同じ村の人間の言葉ではない。
慌てて来た道を引き返し、もう一度朽ちた社だったものを潜って外へ出ると見慣れた景色と不気味な洋館、そして見知らぬ男と女のような化け物。
まだ武家が世の中を支配していた時代、まだ異人というものを目にした人の方が珍しく、地方の山の中にある集落程度では見知っている訳もなく、理解のできないものは物怪や妖怪の類いとして恐れを抱いていた。
異人の女が近づきこう言った。
『我が家は楽しんで頂けましたでしょうか。
あまりに不粋で品がありませんから気まぐれを起こしてみましたの。
次は帰れる保障をしませんことよ』
流暢な日本語が脳内へ直接響き、異人の女の顔は笑っているが目は笑っていない。
底冷えするような恐ろしい化け物の目だ。
慌てて逃げ帰った自警団の者たちは、村全体にこう言った。
『月衛山に化物が住み着いた。人喰い鬼のような恐ろしいものだ。
悪い事は言わない、山には必要以上に近づいてはならない』
以上がこの宇深之輪町に古くから伝わる昔話。
山に近づいてはならないという禁止事項の根源にして、月衛山が禁足地となっていた理由。
その後も脚色されたり盛られたり、時に形を変えて噂話の種類は増えていった。
今では、そんな昔話も噂話程度に成り下がり、森にはひっそりと時代に置き去られた洋館は町一番の権力者の屋敷という扱いにおさまった。
そう、正真正銘、本物の魔法使いが住んでいたこの『月読館』である。
年寄りからは魔女の屋敷と恐れられ、若者からは町一番の権力者、町でもっとも高いビルの持ち主の家として近寄るのをはばかられる家。
神代流哉がワケあって離れることになった魔法使いの家。
館と町の住人から呼ばれるほど広く大きな建造物と、ほぼ山の全体へと渡る広大な敷地。
館を囲う塀は高く、塀の内側でも館を囲むように手入れされた庭と山を隔てるように鉄柵がそびえている。
このうえ門があの仰々しい鉄扉とくれば、話しに尾ひれが付くのも頷ける。
町の住人からすれば、昔から語り継がれる話しに出てくるそのままの形で建っている洋館は昔話の信憑性を増す材料となり、新しく住み着いた者達からすれば大財閥の私有地においそれと近づく物好きはいない。
亡くなった祖母は古くから町に住む者たちに多大な影響を与えた人物で、よく未来を予見したのだから魔女の子孫は魔女と思われても仕方ない。
“まあ、事実魔法使いだった訳だし、あながち間違ってもいないか”
物思いにふけるのもほどほどに玄関に手をかける。
扉の片側を押し開き、中へ入る。
ともあれ、神代流哉の数年ぶりの帰還となった。
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