プロローグ~熊さんの森で紅い人と出会う~
Sword And Magic Online 略してSAMOは、人気オンラインゲームである。
名前の通り剣と魔法が支配する世界で冒険するRPGで、闇の王率いる悪魔の軍勢を倒すべく戦うという分かりやすい設定。剣士は魔法をつかえず、魔法使いは杖以外の武器を装備できないという完全な分担制が特徴とされている。
これは、そんな世界で魔法剣士の職にこだわる、とある冒険者の物語。
はじまりの街ローランドのすぐ近くにある初心者用の狩場、グリーンフォレスト。通称熊さんの森と呼ばれるそこは、1レベルでも倒せるホーンラビット(角の生えた野兎)から10レベル程度のレベル上げに向いているグリーンベア(緑色の毛をした熊)まで幅広く存在する、10レベル以下の初心者にとっての名所であった。
今日も、その森の最深部、グリーンベアの住処で狩りをする初心者が2人。しかし、その戦いはレベル上げという勝ちを約束されたものとは異なり、焦燥感が漂ってた。
「かー、回復タイミングわりーよ。なにやってんの!?」
クリムゾンベア(紅い毛色の熊)、通称 紅熊の鋭い爪を、身の丈程もある大斧で受け止めつつ、少年が叫ぶ。
「だって、かっ君が熊に噛まれて大けがしたから」
少年の後ろで杖を構えた少女が、ビクッと体をふるわせて涙目で言い返す。しかし目線は自らの足元に向いており、少年に気圧されているのがすぐにわかる。かっ君と呼ばれた少年は、斧で紅熊の爪を弾き、目線を少女に向ける。
「だからって、俺が注意を引き付ける前に回復したら、こうなるだろ!」
紅熊は少年には目もくれず少女に飛びかかろうとし、少年はそれを見て再度割って入る。
斧のスキル、アックスガード。発動中敵が仲間に攻撃しようとした時仲間の前に割り込み攻撃を防ぐスキルだが、発動中攻撃できないデメリットがある。
つまり、そのスキルを使っている間に少女が魔法で攻撃するか、スキルを解除して少年が攻撃しないと紅熊は倒せないのだが、どちらも有効打にならないことが少年にはわかっていた。
なぜなら、紅熊はただのモンスターではない。NMと呼ばれる、特殊な条件で現れるレアモンスターで、周囲に出現するグリーンベアとは桁違いの強さを誇るためである。
少年が既に、死亡後のペナルティーのせいで今日はもうレベルは上がらないな、と早くも死んだ後のことを考えているくらいには、絶体絶命のピンチであった。
「くそ、こうなりゃヤケだ!」
どうせやられるならと、少年が最後に一矢報いようと攻撃コマンドを選択したその瞬間、少年の身体が光で包まれた。
そのエフェクトと己のHPの回復を確認して、少年は再び叫ぶ。
「だから、まだ回復すんなって!」
しかし、紅熊は少女の方とは真逆、森の奥に向かって駆け出していった。
あっけにとられる少年少女。
すると、いつからそこにいたのだろう。紅熊の向かっていった先に、1人の男が立っていた。
なぜ存在に気づかなかったのか、2人は直ぐに理解する。紅い三角帽子、紅いマント、紅い皮の鎧、紅いズボンと、とにかく紅く、紅熊の背景にいたから保護色になって気づかなかったのである。
よく見ると金属製の盾と細身のレイピアを構えた金髪碧眼の美男子で、それだけなら騎士様のようだったが、他の特徴で台無しであった。
余程レベルが高いのか、その紅色の騎士様(笑)は紅熊に噛みつかれながらも微動だにしない。が、いつまでも少年少女が呆然としていると、しびれを切らしたのだろう。こう喋りかけてきた。
「あの~、これ、貰っても良いでしょうか?」
これ、と言って指差されたのは紅熊である。そう、ここはオンラインRPGの世界。モンスターを倒す権利は先に戦っていた人の物で、今少年少女が持っていた戦う権利を紅色の騎士様(笑)が奪う形になったのである。とはいえいまさら返されても困ると少年は慌ててうなずき、肯定の意思を示す。
「じゃあ申し訳ないけど、武器を納めてくれますか?」
言われて少年は、自分が攻撃コマンドを入力したまま、つまり斧を振りかぶった状態であることに気づいた。ゲームの仕様から、少年が戦闘を放棄しないと、他のプレーヤーは赤熊に攻撃できない。つまり、紅色の騎士(笑)は好きで紅熊に噛まれていたのではなく、少年が武器を下ろすまで戦闘に入れなかったのだ。
少年は頬を赤らめ、恥ずかしそうに武器を納める。
「ありがとう」
紅色の騎士(笑)は笑顔を浮かべ、紅熊に噛みつかれながら器用にお辞儀をすると、魔法を唱え始めた。
「ダークスモーク!」
闇属性の補助魔法で、真っ黒な煙が紅熊の顔を覆う。紅熊はうめき声を上げて口を開けた。紅色の騎士は自由になった右手でレイピアを抜き、紅熊に切りかかる。
「え、魔法と剣を同時に!?」
呆けていた少女が我に返り、驚きの声を上げる。少女の知識では、剣士は魔法を使えず、魔法使いは剣を使えないのだ。
「魔法剣士だ・・・」
と、少年が応える。少年は知っていた。最初のキャラクターメイクで、剣士にしますか?→いいえ→魔法使いにしますか?→いいえ→選ぶのをやめますか?→はい、とセレクトすると現れる隠し職、魔法剣士の存在を。それを聞いた少女は、ムッとした表情で少年の方を見て、言う。
「なにそれ、ずるくない? かっ君私のキャラメイクで、何も言ってくれなかったじゃない」
少女がそう怒るのも無理はない。魔法と武器を両方使える強力な職業があるなら、誰だってなりたいだろう。
少女が怒るその傍らで、レイピアが紅熊の毛皮を切り裂き、赤黒い血液が飛び散る。2人を絶望させた紅熊が、今度は絶体絶命の瀕死状態に追い詰められ、怒りの咆哮を上げていた。
しかし、少女は気付くべきだった。魔法剣士を知っていた少年が、それを選んでいないという事実に。
「いやだって、あれ、残念職だし」
「へ?」
少年のあんまりな言葉に呆ける少女の目の前で、紅熊が倒れ伏す。倒れた先に立つ紅の魔法剣士は、照れたような困ったような微妙な表情で剣を納めると、その手で帽子を傾け、表情を隠すのであった。
初投稿です。読んで頂きありがとうございます。
これで投稿の仕方合ってるでしょうか?
とりあえず月1くらいで続けられるよう頑張ります。