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その1



こつん。 つまづいた石が、動いた。


ころころころ・・・その拳大の大きさの石は、しばらく左右にふらふらと勝手に動いた後、突然止まった。

と思うと、今度は近くにあった別の石が動き始めた。次は砂利のような小さな石だ。


動き出した砂利石の正面に回ると、そこには目があった。まばたきをしない丸い目が二つ、ちょこんと付いている。ひとつ大きく跳ねると、今度は周りの石を巻き込んで動き始めた。だんだん大きな塊になりながらついてくる。




「・・・・・・」


そんな石のモンスターを、一人の少女が大きな金色の目をさらに大きく開き、食い入るように見つめていた。


しとしと雨が降る中、自慢の金の巻き毛が濡れるのにも気が付いていない様子で、石のモンスターを上から横から後ろから、ぐるぐる回りながらいちいちかがみこんで観察している。




「・・・・あ~、えぇと」

少女の後ろには、冷静に傘をさした呆れ顔の少年が立っていた。こちらも少女とよく似た綺麗な金髪だが、呆れて細くなった目は碧眼だ。


「リーテさんは何をしておいでかな?」


「・・・・・・」


リーテと呼ばれた少女はなおも転がる石を見つめていたが、少年の冷たい視線がうっとうしくなったのか、雨でしっとりと濡れた髪を一振りし、振り返った。




「この子にお金の匂いがするの!考えてるんだからラットは黙ってて!」


守銭奴。この金髪巻き毛の少女、リーテを知る人は皆そう呼んでいた。


だよねー・・・・。不本意ながら彼女の弟である少年、ラットはため息まじりにつぶやくと、健気にももう一本傘を荷物から取り出した。いまだ石のモンスターを見つめて動かないリーテの頭上にかかげると、ぼんやりと遠くを眺めていた。


翌日。街に戻ってからも、リーテの様子は相変わらずだった。


「・・・・なぁラット、リーテのヤツどうしたんだ?」


街の大通り。昨日までの旅で仕入れてきていた商品を広げ、リーテとラットはいつも通りの露店を開いていた。

ただし、リーテは露店の後ろでかがみこみ、いつものような強引な客引きも売り声もなく、昨日拾ってきて「ロック」と名付けた石のモンスターを入れた洗面器を覗き込んでいた。客はおろか、ラットさえも近づこうものなら物凄い目付きで睨まれた。


(・・・・見せたくないなら家で待ってればいいのに)

そう、心の中で舌を出しながら話しかけてきた客に向き直るラット。


「なんだか昨日からあの調子で。また新しい商品考えてるのかも」


二人の露店は、アクセサリ屋だった。

郊外に住む匠や他の街の店から買い付け、王都たるこの街の大通りで露店を開くのだ。中央通りにある大きな噴水は、この季節寒いが通行人の目を引く格好の場所。

リーテのファッションに関するセンスは本物で、貴族の娘も買いに来る人気店だった。綺麗な石畳の上に絨毯を引いただけの簡素な露店だが、見栄で使い始めた豪華な絨毯と、リーテが注文つけまくりで仕入れてきたきらびやかなアクセサリとで道の上に突如高級宝石店が出現したかのような錯覚にとらわれる。


「ふぅん・・・・まーそうでなくちゃな、”守銭奴のリーテ”の名が泣くってもんだ」


アクセサリ店とはいえ、この客のように男でも買う物はある。

ラットは道中リーテの護衛のため武器や魔力を込めたアイテム等も使う。それらも仕入れてきているのだ。客層も広く、いつも通りラットのまわりには人だかりができていた。


「泣いてるリーテね。たまには見てみたいですね。

 ここ12年ほど見てませんから」


遠い目をしながら、あくまでもさらりとラット。


「泣いた事ないってことか、それ・・・・」


冒険者だろうか。服の上からでもわかる細身の剛体で、手の甲に大きな傷のある男性客だったが、そんな男もぞっとしたような声音で壮絶に引いている。

そういえば露店の真後ろは噴水になっている。多少ではあるが水しぶきも飛ぶ寒々しい場所で、石のロックを観察し続けているリーテ。心身共に折り紙つきの頑丈さを誇る少女だった。


「ねぇねぇラット君。それより、なんだか今日やけに安くない?何かあったの?」


ひとまず男が黙ると、今度はアクセサリを見ていた貴族の娘の一人が声をかけてきた。

貴族院で使ったら怒られそうな軽い口調だが、ラットに対してはどの娘も同じように気軽に話しかけてくる。天然自然の女たらし、というのがリーテの評価だ。


ラットはのろのろと客が見せてきた魔法石のブローチと、値札とを見比べると、嘆息交じりに答えた。


「あぁ・・・・リーテがあの調子だから、今日の商品は僕が値段付けたんだったっけ」

「普段のリーテが見たら怒り出しそうな値段になってるもんね。良いの?」

「良いですよ。そのかわりいっぱい買ってってください」


気前の良さを見せつつさりげなく余計なひと言を付け加えるラット。ちなみに、この言葉は半分ウソである。ラットも女性用アクセサリーの適正価格くらいは熟知している。

"ラット君ならたまーに安くしてくれる"

この評を得るためなら、リーテの売り声が無い今日の売り上げ確保の意味も含め、15%引きまでならイケる。そんな高度な計算の末の値段だった。あくまでもラットは、リーテと血を分けた姉弟なのである。




「んー?別に安かねぇぞラット?まけろよ」


またさきほどの男客が耳ざとく詰め寄ってきた。


「こっちの魔法アクセサリは武術系だから、もともと僕が値段つけてるんです。いつも通りですよ」

「知ってるよ。こっちもまけろよ」

「リーテに言ってもらえます?」

「・・・・・・」




いつの間にか露店の後ろのリーテも消え、何故か女性客に大人気のラットがもみくちゃにされながら露店を切り盛りし、貴族の娘達が午後のティータイムに帰るころには、商品はあらかた売れていた。

わずかに残ったアクセサリをまとめて露店の規模を小さくすると、ラットはふぅと一息ついた。絨毯の上にあぐらをかいたまま、昨日とは一変して晴れ渡った高い空を見上げてつぶやく。




「泣いてるリーテね・・・・ホントは一度だけ見てるんだけど。」




「嬉し泣きは多分ノーカンだよね、あの会話の流れからするに・・・・」


独り言を言っている間に、通りの向こう側から背の高い男性が歩いてくるのが見えてきた。


「・・・・あぁ、泣かせた張本人が来たね」

「ん?何か理不尽な事つぶやかなかったかい?」


やけに鋭い事を言いながら、男はにこやかに手を上げ挨拶してきた。


「気のせいですよ・・・・こんにちは、ルイスさん」


ちょっぴり冷や汗をかきながら、ラットはのんびり挨拶を返した。


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