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悪魔少年ゆうちゃん  作者: スマハマ
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お試しセット-1

一、お試しセット


お正月も終わった。三学期になって二週目の金曜日のこと。

サッカーの練習を終えて、熊野神社に寄り道をしたら悪魔がいた。

見たとたんに『あっ、こいつは悪魔だ』とわかった。なぜかはわからない。


三十センチほどの、黒い切り紙細工を思わせる薄っぺらな身体を折り曲げて、悪魔はさめざめと泣いていた。

「なんで泣いているの」

ランドセルを椎の木の根元に置くと、相手を驚かせないように、出来るだけ優しく聞いた。考えてみれば悪魔に会うのは始めてだったし、自分のほうが驚いてあたりまえなのに、ぼくは持ち前の思いやりを発揮したのだった。

悪魔は飛び上った。ひぇっ、とか、うわっ、とか驚きの叫びをあげたようだった。そして、振り向くと平べったい指で、ぼくの顔を指差して言った。

「おまえ、いや、君に僕の姿が見えるのか」

「見えるさ、泣いているのが見えたから声をかけたんじゃないか」


 涙を振り払った悪魔は、いきなりずるがしこそうな目つきでぼくを見上げた。

「ふううん、僕の姿が見えるということは、君はラッキーっていうことだ」

「ラッキー?」

「チャンスかもしれないな」

「チャンス?」

悪魔は泣き濡れた顔を上げるとぼくを見上げ、すがりつくようなしぐさをしながら一層高い声をふりしぼって再び泣き始めた。

「わけのわからない奴だなぁ。泣いていてはわからないじゃないか。一体どうしたのさ」

「助けに、助けになってくれるとでもいうのかい」

悪魔はこれ以上はないというほどの哀れっぽい声でそう言った。

 悪魔に頼られた!なんてことだろう。これが天使に頼られたっていうのならまだしも、悪魔に頼られた。


「あっ、いま天使だったらって考えたね」

「わかるのかい」

「人間の考えていることくらいわからなかったら、悪魔はやってられないよ」

「そういうものなのか」

「そういうものさ。それに僕ら悪魔だって天使だよ」

「えっ」

「そうじゃないか、神様の片手の先には天使がいて、もう片っ方には悪魔がいるんだ。そうは思わないか。人間の世界の出来事を見ていたらそう思うだろ」

 今日の社会科の授業で先生は第二次世界大戦のことを話してくれた。ヒトラーのやったことなどは悪魔の仕業としか思えなかった。

「やったのはヒトラーと言う人間だよ、悪魔は何にもしていない」

 また悪魔はぼくの心を読んでそう言った。

「君が天使の一種だということはわかった。ところで何を助けてほしいんだ」

「あとで言うよ、君の名前は有策だろ?ゆうちゃんて呼んでいいかい」

「いいよ、みんながそう呼んでる。君に名前はあるのかい」

「あるよ」

「教えてくれよ」

 悪魔はうつむいてもじもじした。上目遣いでちらりとぼくを見ると言った。

「アインシュタイン」

「えぇっ」

「そうなんだ、あのアインシュタイン」

 うっふ、と笑ってしまった。

「でもさ、僕のおじぃちゃんのお客さんだったんだ。お客さんで出世した人の名前を付けるのは習慣なのさ、お客さんの人生のリードがよかったって誇りなんだ」

「お客さん?」

「ああ、お客さんの人生をリードするのが悪魔の仕事なんだ」

「どうやってリードするの」

「いろいろさ、あのさ、ゆうちゃん、あとで言うっていったけれど、いま言うよ」

「助けて欲しいことかい」

「うん、実はね、試験に落ちちゃったんだ」

 ぼくも六年生だから受験生と言えなくもない、あしたの土曜日は全国テストだ。ちょっと同情した。

「何の試験なの」

「中悪魔昇級試験。僕は見てのとおりの小悪魔でさ、大したことはさせられてない、せいぜいこの世の現在に干渉することくらいなんだ。何世紀にもわたって影響を与えるようなこととかは中悪魔以上の免許を持っていないとね」

「へぇえ、結構大変なんだ」

「うん、実技の実績が不足していてさ」

「それで」

「売ってくれないか」

「売るって何を」


「魂」


「たましいっ」

「驚くなよ」

「驚く、よっ」

「あと一人なんだ、だからさぁ売ってよ」

「いやだ」

「アインシュタインやミケランジェロみたいになりたくないか」

「そりゃあ」

「だろ、君の能力の最大値を引き出すことができる」

「その代りにどうなるの」

「何にも、君が人類の社会に何かを与えるだけの力を持つってこと、与えられた何かをどう使うかは社会が決める。アインシュタインもそうだったんだ。おじいちゃんに魂を売ったことによって、アインシュタインはあの公式を発見したのさ、彼の発見した公式によって原子力は爆弾になった。爆弾を作ったのは彼じゃない、社会だ。だいたいさ、人間は持っているはずの能力を三%しか使ってないんだぜ。それを、百%とは言わないけれど少なくとも十%使ったとしたら」

「天才か」

「あのね、さっき僕は飛び上るほど驚いただろ、ゆうちゃんに声をかけられたとき」

「うん」

「僕らの姿が見えるって言うことはとんでもないことなんだ。そこまで持っていくのが大変なんだカモ、いやお客さん候補を」

「カモ?」

「お客さんの候補者を、僕らの姿が見えるようにするまでに時間と悪魔力のほとんどを使っちまうのさ、それもたまにしか成功しない、姿が見えるようになってから説得するってわけ」

「ふうん」

「だからさ、今売れとは言わないよ、お試しセット、『悪魔と一緒に一年間、お試しセット』って言うのがあるの。魂を売ったとしたら毎日がこうなるって体験できるのさ、それでよかったら、ね、ね、いいだろ。後遺症一切なし、神様保証付」

「神様って言えば、ぼくの家はクリスチャンじゃないよ」

「関係ない、関係ない、あれって呼び方に風土性があるの、あるところでは神様、あるところでは仏様とか如来様とか、アフリカのある部族なんか、ジョロンガロンガなんていうよ、みんな一緒。真理は一つ」

「お試しセットかぁ」

「だまって取りついちゃったって良いんだけど、ここまで友達っぽくなっちゃうとそれも失礼だし」

「一年間なのか」

「そう、三百六十五日間、来年の昨日まで」

「どんなふうに一緒にいるわけ?」

「君の頭の中に入り込むのさ、痛くもかゆくもない、通信はヘッドセットよりも優秀だよ、思うだけでいい、僕の声も自然に思いとして湧き上がるよ」


 アインシュタインを肩に乗せて家に帰った。

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