私のフラグ
説明回とでも言わんばかりの回ですが、よろしくどうぞ
「どうしてこうなった……!」
私はその日、これまでに何度言ったか分からないセリフを口にした。
今の自分の顔はまるで人生に絶望したかのように暗く、愛らしい顔が台無しになっているだろう。
自分で言うのもなんだが、私は美人とまでは言わずとも、それなりに可愛らしい顔をしているはず。
生まれ持ったものもあるだろうが、あの日以来自分を磨くことには念を入れてきた。
それなのに…それなのに、この仕打ちはなんたることなのか!
「マ、マリア…?どうかした…?」
おっといけない、「麻梨亜」の口調が出てしまった。
せっかく転生したのだから、女性らしい口調で話してみたいと思って心がけてきたのだ。それこそ「麻梨亜」の頃を思い出す前までは自然にできていたものが、思い出した途端、気が緩むと以前の口調が飛び出てしまう。
慌てて顔をつく…いや戻して目の前の男性に目を向ける。
そこには茶色の髪に深い藍色の瞳を持つ青年が、驚いた表情を浮かべてソファに座っていた。
「いえ、なんでもないわ。ちょっと嫌なことを思い出してしまっただけ。」
はい、嘘です。なんでもなくないし、思い出すどころか片時も忘れたことがないです。
この14年間ずっと、ずっっっと!それこそ起きてから寝てから寝てる間も!
「そう…?何か困ったことがあったらいつでも言ってね。君と僕は、その、夫婦になったんだから」
「ええ、そうね。いつもありがとう」
完璧な笑顔でもって答えるが、内心それどころではない。
あの異世界転生をしたという事実に気付いてから14年。20歳。
私は、独身から人妻になります。
相手はこの村で幼い頃から一緒に育ってきたアレン。つまり幼馴染だ。
気心の知れてる相手だし、私のことを一番に考えてくれている。
見た目もなかなかの好み。
うん、文句なし。
相手に、文句はないのだが。
「やっぱり何かあるんじゃないかい?いつもの君らしくないよ」
「そう、かしら…いえ、いつも私のことを見てくれたあなたがそう言うのなら、そうなんでしょうね。でも本当に何もないのよ。何も、ね」
不思議そうな、しかし心配を込めた目を向けられてしまい、私は苦笑するしかない。
それを誤魔化すように紅茶の入ったカップを手にとって口をつける。
「何もない」ことこそが問題なのだから。
あの日、私は主人公になれるのではないかと思ったときから、私は様々なことに意識を向け、眼を光らせてきた。
少しでもきっかけを、可能性を逃さないために。
生まれは普通。
ラダル村は国のはずれにある小さな村で、これといった特徴は何もない農村である。
しいて言うならば、この辺りには少し珍しい果物があって、それのおかげで村の財政が潤っているというくらいだが、あまり日持ちはしないので、近くの街から定期的に買い付けが来る程度。
それゆえ、少なくとも暮らしは貧しくなく、こうして午後の空いた時間にティータイムを持てるほどである。
両親はともにこの村で生まれ育った幼馴染同士で、私とアレンの関係と同じ。
つまり生まれに何か特殊な事情が絡んでいたりはしない。
高貴なお方の血をひいているとか、ましてや王家の隠し子とか、そんなことは全くこれっぽっちも可能性はない。ないったらない。
才能も普通。
この世界には魔法が存在する。
しかしそれは一般的には辺り一帯を焼き尽くすとか、大量の水で押し流すとか、嵐を巻き起こすとか、地形を変えるなんていうような派手なものではなく、ちょっと火種を作る、水を溜める、そよ風を起こす、軽く地をならすというような、生活魔法かよ!とでも突っ込んでしまいそうな些細なものを指す。
いや実際に知った時は思わず声に出して突っ込んでしまい、アレンに呆れられてしまった。
とにかく普通の人はその生活魔法程度しか使えず、私はそれに該当する。
魔法を実際に使った時にはそれこそ全身が震えるほど興奮したものだが、実際は地味。めちゃくちゃ地味。一通り試して10分もしないで飽きたほど地味。
私の魔法を盛大にぶっぱなして、やりすぎちゃったテヘ☆計画は完全におじゃん。泣きたい。
生活魔法しかないわけではない。
戦闘に使えるレベルの魔法、これを魔術というらしいが、こちらも存在している。
王都には魔術を使える者たちが集められた魔術師団という国直属の組織があるが、この魔術を使える者は滅多におらず、その存在が認められた場合にはほぼ問答無用で王都に連れて行かれて団の所属となるらしい。
しかしこれは悪いことではなく、魔術師団に所属させられる代わりにその者の家族には安定した生活が約束される。すなわち高給が与えられるのだ。
まったくもって羨ましい。
いやお金が欲しいというわけではない。大きいことがしたいのよね。
それでこう、主人公っぽいことをしたい。
才能が普通といえば運動神経の方もそう。
魔法がだめなら剣術やら体術はどうよとばかりに、私はアレンに付き合ってもらってチャンバラごっこに見せかけた訓練をやってきた。
我ながらなかなか動きはいいと思ったんだけど、むしろアレンの方が動きが良いということが分かった。解せぬ。
ただし継続は力なりと思って今でも続けている。護身にもなるしね。
生まれも才能も足らぬとみた私が次にしようとしたことは、もちろん村を出ること。
あれは15歳の時だったか。
村を出たいと両親に言ったら止められた。全力で。
ついでにアレンまでも止めてきた。全力で。
理由はまず危険だから。そして危険だから。でもって危険だから。
過保護か、と思ったことはもちろん口にしない。
ほとぼりが冷めた頃、諦め切れなかった私はこっそり村を出ようとした。
そしたら村の入り口でアレンに捕まった。どうして気付いたのかと尋ねれば、困ったような笑みを浮かべながら虫の知らせとかなんとか言ってきた。
そうして両親の元に連れ戻された私はこっぴどく叱られ、泣かれ、どうか行かないでくれと懇願された。
ここまでくるとさすがの私も根負けしてしまい、あとは運命が勝手にやってくることを祈って待つだけになってしまった。
一日一日を過ごすたび、何か決定的なことは起きないものかと思ってきた。
だがそれももう終わりだろう。
私は結婚したのだ。
結婚したならば妻として夫を支えなくてはならないし、アレンとの結婚生活も悪くない。
何か起きたらむしろ困る…と思う。多分。きっと。おそらく。
手にしていたカップをテーブルに戻し、顔を上げるとアレンと目が合う。
その藍の目に見つめられると何だか自分の考えは全て見透かされているのではないかという気持ちになってしまい、落ち着かない。
そのうち悪寒を感じて身体をぶるりと震わせてしまう。
「………寒いのかい?」
「いえ、そういうわけではないと思うのだけれど…」
まさかこっちを見ないでくださいとも言えず、目を逸らす。
するとアレンは私の隣に来て、そっと私を抱き寄せた。
「大丈夫、君の…マリアのことは僕が守る。だから安心して、僕に任せて」
少し言っていることがずれているような気もしたけれど、アレンの側は落ち着く。
このまま村で幸せに暮らすのもいいか、そう思えてくる。
アレンの温かな体温を感じているうちに訪れた睡魔に、私はそのまま身を任せた。
ご読了ありがとうございました!