ピラミッド・システム
「君たちは幸せ者だ」
鱒浦が高らかにそう断言した。自信に満ちたその顔を、生徒は黙って見つめている。
「親もいない寂しい生活から抜け出すことができた。それはとても素晴らしいことで奇跡なのだ。私は君たちを救うことができて嬉しく思っている」
胡散臭いな、と野菊は思った。半数の生徒は同じことを考えているだろう。
そんなことを考えている内に長ったらしい鱒浦の話は終わり、生徒指導の花木先生が壇上に現れた。いつもより化粧が濃く、薄い桜色のスーツを着ている。先生気合入ってる、もしかしたらコンカツってやつでいい感じなのかなと茜は思った。
「生徒指導の花木と申します。これから皆さんに当校のルールと仕組みについてお話していきたいと思います」
へらへらしていた鱒浦は生真面目な顔になり、生徒の顔は緊張で引き締まっていた。相当重要なことだろう、茜が膝の上で拳をぎゅっと握りしめる。
「皆さんには簡単な入学テストを受けていただきます。とはいっても学力などは関係ないチーム制のゲームです。チームはこちらで決めさせていただきます」
体育館にどよめきが走る。入学早々にゲーム?テストという名の遊戯は、彼女らの心に不安を植え付けた。
静まらない教室に花木はマイクを通して咳払いをし、変わらぬ厳しい顔で体育館全体を見渡した。
「ゲーム成績で『AA』『AB』『AC』のランクをとった方は『学園生徒』。『BA』『BB』『BC』の方は『メイド』。『CA』『CB』『CC』の方は『使用人』。それ以下の者は『落第生』とみなし、各階級ごとにご飯や部屋などの対応が変わってきます」
花木女史は一呼吸置いた。
「詳しい説明は振り分けられてからいたします。もちろん成績を上げれば上の階層に行くことができます。成績が下がれば下の階層に落とされます。気を抜かないようにしましょう。これにて説明を終わります」
ピンと伸びた背を90度に曲げ礼をし、カツンカツンと高いヒールを鳴らしながら壇上から降りた。
野菊は不可解なものを見たかのように眉を顰め、花木女史を見つめた。
(おかしくないか。私立の学校でもこんなの聞いたことがない。これではまるで実験施設じゃないか)
学校では誰でも対等、平等です。差別やいじめはないようにしましょう。
小学校のときの学年主任の教師の言葉が思い浮かんだ。無邪気な子供に差別するという思想を植え付けまいと必死に語っていた。
それすらこの学校ではありえないのか。
司会用のマイクに鱒浦がまた立った。柔らかい表情で、落ち着いた声を出す。
「突然のことで戸惑うかもしれない。もし困ったことがあったら声をかけてくれ。助けになれたら嬉しい」
しんと静まった体育館に、余韻が響く。
教員は瞼を閉じ、完全に場が無音になるくらいまで、鱒浦の声に聞き惚れていた。正直、異常である。そこまでありがたみもない言葉を、一字一句聞き逃すまいとしている姿勢は、野菊の教師像とはかけ離れていた。
そしてそれを怪訝な素振りもみせずに満足げな鱒浦もまた不気味だった。
何が何だか分からない。
生徒はハテナマークを頭に散らして混乱しながら、何事もなく進行していく始業式をただ見ていた。
唯一茜は、学校で教育を受けていないため、あまりことの深さが理解できていないようだった。一文字一文字は理解できるが、意味を持った単語としては全く頭に入ってこない。
烏の群れが、鳴いて飛び去った。