ショッキングな目覚め
人は寝てから起きるとき、ゆっくりと覚醒する。それが普通だろう。
ただ彼女のように少々ショッキングな起き方の場合、どうなるか分からない。もしかしたら絶叫しながら起きるかもしれない。もしくは何らかの薬品を使用するかもしれないのだ。
「大丈夫かい」
茜の場合、その一言で夢の世界から現実世界に急に引き戻された。
鱒浦のその言葉は彼女にとって思い出深いものだった。なにせ彼女に声かけたとき、すなわち孤独から救ってくれたエピソードの記念すべき第一声なのだから。この言葉をかけられたら、私は日本の反対側にいたとしても駆けつけるだろう。
腐ったオレンジ臭が残る鼻をこすりつつ、起き上がる。
(ここが鱒浦さんの部屋………?)
たまご色のライトが明るく照らすその部屋は、とくに何も変わらない普通の部屋だった。ただ、茜の部屋より本棚や引き出しが多く、鍵がかけられているものもちらほらある。洋風の窓から入ってきたわずかな風が、白いカーテンをゆらしており、とてものどかだな、と茜は思った。
当のご本人は、カントリー調の机の向こう側で苦笑いをしていた。
「手荒な真似をしてすまなかった。ここの位置は知られたくなかったんだ。本当にごめんよ」
「…………いえ、どこにも怪我はしていませんので」
大の大人に頭を下げられるなんて、そんなにない経験だろう。少しあせって茜は困り顔だ。
「うぅん……謝っても謝りきれない……。うん、まあとりあえず、目的の話をしていいかい?」
鉄の仮面を思わせるほど無表情で、でも不思議と冷たさを感じない顔で彼女はこくりとうなずいた。その顔を見て、申し訳なさで歪んでいた鱒浦の表情がふっと緩む。
「君は、一人の部屋が好きかい?」
素朴な、どちらかというと趣味的な質問がとんでくる。
少しの間思案した茜は、無表情で小さく「はい」と答えた。幼い頃から人との関係は和紙くらいの薄さのため、会話になれないのである。俗にいうコミュ障だ。
「やっぱりそうかぁ……。単刀直入に言うとね」
君の部屋を、二人部屋にしたいんだ。
一瞬茜の思考は停止し、その16文字の意味を語彙に乏しい頭で詮索し始めた。あの公園で過ごした一人の生活に慣れてしまい、狭い密室に二人放り出されるなんてたまったもんじゃない。さらに先ほど前述したように重度のコミュ障のため、これからの生活が気まずく重苦しいことになるだろう。
そんなダークな考えが表情にありありと浮かんでいたようで、鱒浦は説得にかかった。
「今度来るのは草原野菊という女の子だ。明るそうな女の子だからきっと仲良くなれるだろう。あ。写真見るかい?」
鱒浦は手に持った鍵束から、小さい鉄製の鍵を取り出し、近くにあった引き出しを開けた。中から出てきた1枚の紙を見せる。
小さな顔写真に女の子が写っていた。活発そうなベリーショートの茶髪に、光の角度によっては浅葱色に見える瞳、快活そうな笑顔が印象的だ。見るからに茜とは正反対である。
(多分、無理なタイプ)
「どうか、お願いしていただけないだろうか。部屋数の都合上、君の部屋だけ二人にせざるを得ないんだ。君なら了承してくれると信じてね」
だから頼む、と頭を下げる鱒浦に茜は脳内パニックを起こしながら、勢いのまま肯定してしまった。してしまったのだ。このことについてその後彼女は非常に後悔することになる。