ミモザサラダを食べながら
ひんやりとした食堂は、人がおらずしんとしていた。鱒浦さん曰く「生徒集めはまだまだこれからだ」らしい。私は結構早い段階で見つけられたんだな、と口にサラダを含みながら思った。
ここに来てから気に入ったのがこのミモザサラダである。ゆでた卵を細かくカットしたものと、懐かしのパンの耳を切って揚げたもの(彼女はクルトンという名称を知らなかった)が、山盛りのサラダと不思議な味の液体に合っていた。今やロールパンや卵かけご飯という猛者をはね飛ばし、朝食のメインに成り上がりつつある。
「おいしいだろう?僕の知人に頼んでよかったよ」
頭上から降ってきたその声にもう驚かなかった。鱒浦さんだ。
口内にあったロールパンをごくりと飲み、見上げる。
「おはよう日野さん。昨晩はよく眠れたかい」
「……はい。眠れました」
「それはよかった」
たわいもない朝の会話なのだが、茜は「むむ」と眉をひそめた。
後で私が鱒浦さんの部屋にいけばいいじゃないか。何故わざわざ本人様が出向くのかしら。
「まあ急ぐことはない。ゆっくり食べるといいよ。ちょっと僕の部屋がややこしい位置にあってね、多分いや必ず迷うと思って」
「……なぜ?」
「うん?」
「なぜそんなややこしいところに?」
無表情で質問をされ、鱒浦は言いずらそうに目をそらした。
「ああ………えっとね。ちょこっとプライバシーに関して僕は神経質というか……置いてて恥ずかしいものがいくつかあって……」
「……」
大人にはいろいろあるんだな、と茜は思った。世の中知らないことが多い、そしてその大半は別に知る必要ないことばかりである。知ったら知ったでどんな気持ちになるかは分からない。特にそのことに関しては鱒浦は痛いほど分かっていた。
(あ、全部食べちゃった)
茜は平らげられた白い器を見た。鱒浦さんが挙動不審になってる間に食べちゃったのね。
若干茜はそのプライバシーの宝庫である鱒浦の部屋が気になっていた.部屋のバリエーションが非常に乏しい彼女は想像もつかない。
「さ、食べたね。じゃあちょっと目を閉じてもらえるかな」
いかにも怪しい台詞に茜は露骨に顔をしかめた。しかし、拾ってもらった身、あまりわがままは言えないので素直に目を閉じるしかない。
直後目元に何か巻かれ、その巻いたものから強烈な刺激臭を感じた。
ああ、これは捨てられたオレンジからする臭いだ……と薄れゆく視界のなか茜は思った。