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モルモット学園  作者: 立花優月(ゆっきん)
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序章

初めましてのやっほほい。

立花優月ことゆっきんでございます。

別サイトにて夢小説も書いております。


将来本をだせたらいいなぁと思っておりますが、応援よろしくお願いします。


春といえば、何を思い浮かべるだろうか。桜、入学式、温暖な気候、桜餅や柏餅などと食欲を隠そうとしない人もいるだろう。花見で浮かれる人たちは、果たして「春」が誰にとっても楽しくて華やかなものではないと気がついているのだろうか。

小さな森林を思わせる稲荷公園には、幼い子供からご老人までありとあらゆる人が花見に興じていた。そんな明るい場所から少し離れた場所、じめじめとした暗いところに、少女が独り膝を抱え込んでいた。

少女に名はない。人間なら誰しも持つ人権や家族などもない。ところどころはねた黒髪、薄汚れた肌、深い悲しみに濡れた赤紫色の瞳……そんな彼女に手を差しのべる者はいなかった。ご飯はパン屋からいただいたパンの耳。水は公園の水のみ場から調達している。ああ、最近は晴れてばかりでいっこうに雨が降らない。おかげで体がべとべとだ。震える手でそっと祈る。その手は華奢を通り越して痩せ細っていた。

少女は、孤児だ。


「君、大丈夫かい」


降ってきたのは雨ではなく、男の声だった。突然のことで驚き、それが自分に向かって発せられたと分かってさらに驚いた。

声の主は鱒浦健二郎という。優しげなたれ目にオールバックの黒髪と若い頃に水泳で鍛えた体を高級そうなスーツで包んでいる。比較的温厚だが、怒ったときの怖さは未知数なため、部下は内心ビクビクしながら接していることなんて彼は知らないし知ることもないだろう。最近の悩みはチャームポイントだったすべすべの肌についた髭が濃くなったことである。

少女は何年ぶりに話しかけられたのだろう。動揺の色を滲ませつつも、赤紫色の瞳で睨み返していた。

「…………………あんた、誰」

かすれた声で尋ねる。

鱒浦は反応してくれたことに喜び、ボリュームを一段階上げた。

「僕は君みたいな子供を預かって育てているのさ。学校を開いてね」

オーバーに手を開いて紹介するが、少女にとって彼の一挙一動全てが胡散臭いため、説得力に欠けていた。しかし本人は「決まった」と言わんばかりのガッツポーズを心の中でかました。


「……私には親がいない。お金も何もない」

この世の終わりのような暗い声に、鱒浦は温厚なその顔をさらに輝かせた。

「問題ないさ!しっかりと教えてあげるし食べ物も住む場所もお金もなんだって不自由しないんだ」

鱒浦はどんな金運ブレスレットの広告でもここまで嘘くさいものはないだろうな、と思った。少女も思った。

どうせうまいこと言って誘拐するのだろう。疑えば疑うほど怪しいポイントは出てくる。私はそんなに簡単に騙せない、と膝にうずめた顔を歪めた。


「うーんそうだな。あぁ君の仲間もいるんだよ」

流石にそろそろケリをつけなければ。と鱒浦は思った。周囲の人々の視線が痛いのだ。確かに俺はいたいけな少女を口説いて連れ去ろうとしている誘拐犯にしか見えないだろうな。

彼がそっと横にずれると、葬式に参列する身内のような暗い表情だった彼女が「まさか」と言わんばかりに目を見開いた。鱒浦の後ろには少女と同じ境遇の女の子がぼんやりと佇んでいたのだ。

こちらも深い悲しみをたたえた目である。少女は衝撃に耐えきれずしゃがみ込み、半開きの口から聞き取れないほどの声で何か呟いていた。


「君も来るかい?」


そっと差し伸べられた手は信じていいのだろうか、と少女は思った。

自分がどうなるか分からないのに。



「…………はい」


こんな惨めな生活から救われるなら。

か細い手を、男は確かにがしっと掴んだ。

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