side玲
「あ、もしもし玲?あのね、私明明後日から五日間出張なんだけど、その間緋衣を預かってくれない?」
「明明後日から五日間な。分かった。じゃあ、明明後日の朝迎えに行くから。」
「助かるわ。ありがとう。」
いつもより少し早めに目が覚め、ゆっくりと朝食を食べてから家を出る。微かに吹く風は冬の朝らしい冷たさ。車を運転し着いた先、目的地の前に止めて待つ。正確な待ち合わせの時間を決めてはいなかったから少し寝ていようかと思った時、目の前の家の扉が開いた。随分早いなと笑いながら、こちらを見て笑顔を浮かべた彼女の荷物を積み入れるため、車を降りる。
「久しぶりだな、緋衣。」
「うん、久しぶり、玲兄さん。」
彼女、姪である緋衣は俺を兄さんと呼ぶ。叔父さんというには歳が近いから。俺は久しぶり、と言葉を交わした妹の髪をそっと撫でた。
そのまま俺の家へと向かい、荷物を整理する彼女に近づいて、緋衣、と呼びかける。こっちを振り向いた少し驚いた様子の彼女に問いかけた。
「今日この後、どうする?」
「う〜ん…。あ、買い物、付き合ってくれない?マフラーと手袋買いたいの。」
「分かった。じゃあ、昼は外で食うか。」
マフラーを探す緋衣に付き合って入った雑貨屋で、ふと一つのネックレスが目に入った。シンプルな雫型のクリスタルが付いているだけのネックレス。緋衣に、似合いそうだと思ってしばらく眺めていた。緋衣を見るとマフラーを二つ手に持ち悩んでいるようだった。右手に持っているものが明らかに緋衣の好みなのに何を悩んでいるのだろうかと思っていると、緋衣がこちらを向こうとしていて、慌ててネックレスに視線を戻した。
「彼女にプレゼント?」
「いや、俺彼女いないし。」
「え、嘘だ〜!」
「嘘じゃねーよ。」
告白はされるけどな、と内心でつけたし笑って答えた。緋衣にそんなことを聞かれ少しだけ落胆した自分には気づかないふりをして。
「ねえ、どっちのマフラーが似合うと思う?」
緋衣が両手のマフラーを掲げて見せた時、ちらりと右手に持っている方の値札が見えた。なるほどね、と心の中で苦笑して、高校生がお小遣いで買うには少し勇気がいるだろうそれを緋衣の手から抜き取った。
「え…ちょっと、待っ…!」
緋衣が戸惑う声が聞こえたが、買ってしまえば諦めるだろうと思い、さっさとレジに向かった。
「プレゼント用ですか?」
女性用のマフラーを持ってきた俺にレジ係が聞く。
「あー、今使えるようにタグ外してもらえますか?」
「かしこまりました。」
そんなやりとりの後、あっという間に処理を終えた店員からマフラーを受け取り、金を払った。振り返るとちょうど緋衣が走ってくるところで、緋衣の足が止まったのと同時にマフラーを彼女の首にかけた。
「玲兄さん、これ…!」
「俺からのプレゼントだ。…こっちの方が似合ってる。」
「…!で、でも、買ってもらうなんて」
「大人しく受け取っとけ。こっちは一応金稼いでんだから。」
言葉通り、買ってもらおうなんて全く思ってなかっただろう緋衣は慌てていて、俺は苦笑いしてこれでも一応社会人なのだと告げた。緋衣は何回か瞬きをした後、
「…ありがと。」
嬉しそうにそう言った。その笑顔につられて思わず自分も笑みを浮かべながら俺は緋衣の頭を撫でた。少しの間そうしていたが、急に緋衣が手を引っ張って外へ連れ出そうとしたので俺はふと目があった店員に軽く会釈した。
寒い中二人でベンチに腰掛けて、白い息を吐いた。
「さっきの店員さん、すごい微笑ましそうな目してたけど、どう見えたのかな…?」
「ま、兄弟だろ。兄さんって呼んでんだから。」
「そっか、そうだね。…ね、今なら恋人に見えるかな。」
「…かもな。俺ら、あんまり似てねーから。」
あり得ねー、けどな。となんとなく付け足すと、なんだかやたらと切なくなってまぶたを伏せた。
「…もし、」
聞こえた声に目を開けると緋衣の瞳がこちらを向いていた。
「私達が従兄妹だったら、付き合ってたかな。」
「さあな。」
「私は、告白してたと思うけど。」
「…っ!嘘、付くな。」
「嘘じゃないもん。」
拗ねたようにそういった緋衣になんと返せばいいのか分からなくなって、思わず口を閉じた。少し思考をめぐらせた後、緋衣の手を引いて、歩き始めた。
「もし俺らが従兄妹だったら…付き合ってたかも、な。」
まるで顔を隠すように緋衣の斜め前をあるきながら、俺は小さな声で呟いた。