side緋衣
紅桜です。
この小説は私が書かせていただきました。
お楽しみいただければなによりです。
「あ、緋衣、お母さん、明後日から五日間出張だから、玲のとこ泊まってね。玲にはもう言ってあるから。」
「また、随分と急だね。分かった、明後日の朝からでいいの?」
「ええ。」
五日間分の荷物をまとめて、誰もいない家を出る。コートを着てマフラーまでしているのに、冬の朝の空気はひやりと冷たい。目の前の車の運転席に見知った顔。彼はこちらに気がついて笑顔を浮かべ車から降りた。
「久しぶりだな、緋衣。」
「うん、久しぶり、玲兄さん。」
兄さんと呼んではいるものの、彼は母の弟、つまり叔父だった。母が若い内に子を産んだことと、玲兄さんが遅くに産まれたことがあいまって、年がかなり近い叔父。数歳しか変わらない彼を幼い私が叔父さんなんて呼ぶはずもなく、そのまま今も、玲兄さんと呼び続けているのだった。
そのまま向かった玲兄さんの家で荷物を置き、必要なものを取り出していると、いつの間にかすぐ後ろに玲兄さんが立っていた。
「今日この後、どうする?」
「う〜ん…。あ、買い物、付き合ってくれない?マフラーと手袋買いたいの。」
「分かった。じゃあ、昼は外で食うか。」
「どうしよ…。」
雑貨屋さんで一目惚れしてあっさり買った手袋と違い、マフラーはなかなか決まらなかった。手頃な値段の中で可愛いと思うものも確かにあるのだけれど、アルバイト禁止の学生には少し厳しいくらいの値段のマフラーの一つがすごく私好みで諦めきれなかったからだ。悩みながらふと玲兄さんを見ると女物のネックレスを見ていた。
「彼女にプレゼント?」
「いや、俺彼女いないし。」
「え、嘘だ〜!」
「嘘じゃねーよ。」
笑って言った玲兄さんにちょっとだけ安堵した自分に気づかないふりをして私は聞いた。
「ねえ、どっちのマフラーが似合うと思う?」
玲兄さんが安い方を選べば諦めがつくし、気に入ってる方を選べばちょっと無理しても買おうかなと思った。だから聞いたのに、玲兄さんは私が気に入ってた方のマフラーを私の手から取り上げると、すたすたと歩いて行ってしまった。
「え…ちょっと、待っ…!」
私は少し迷ってから、持っていたマフラーをもとの場所に戻してから玲兄さんを追いかけた。私が追いつくと同時に玲兄さんは私の首に何かをかけた。見てみるとそれはさっきのマフラーで、しかもすでにタグが取り外されていた。
「玲兄さん、これ…!」
「俺からのプレゼントだ。…こっちの方が似合ってる。」
「…!で、でも、買ってもらうなんて」
「大人しく受け取っとけ。こっちは一応金稼いでんだから。」
あ、と思った。もしかしたら玲兄さんは私が値段のせいで悩んでいたに気づいてたのかもしれない。いや、でも彼はネックレスを見ていたのだ。そんなはずはない、と思うけれど…。
「…ありがと。」
告げた言葉に笑みを浮かべて玲兄さんは私の頭を撫でた。でも、すぐそばにいたレジの店員さんが私達をあまりに微笑ましそうに見ていたものだから急に恥ずかしくなって玲兄さんの手を引っ張って店をでた。
二人腰掛けたベンチで、空へ昇る白い息を眺めた。
「さっきの店員さん、すごい微笑ましそうな目してたけど、どう見えたのかな…?」
「ま、兄弟だろ。兄さんって呼んでんだから。」
「そっか、そうだね。…ね、今なら恋人に見えるかな。」
「…かもな。俺ら、あんまり似てねーから。」
あり得ねー、けどな。と付け足すように呟いた声が寂しげで、少しだけ、期待したくなってしまって。
「…もし、私達が従兄妹だったら、付き合ってたかな。」
「さあな。」
「私は、告白してたと思うけど。」
「…っ!嘘、付くな。」
「嘘じゃないもん。」
拗ねたみたいにそういうと玲兄さんは黙りこくってしまった。しばらくすると私の手を握って立ち上がり、歩き始めた。
「もし俺らが従兄妹だったら…付き合ってたかも、な。」
斜め前を歩く玲兄さんの顔は私からは見えなかったけど、その声は確かに私の耳に届いたのだった。