十二月三十日――――夜~リビング~④
――このままずっと、一緒に暮らして下さい。
その言葉がどんな意味を持っているのか。
つまりは、もしも俺の事をずっと好きでいてくれるなら、死ぬまで傍にいてほしい。どこにも行かずに近くにいてほしい。
俺が彼氏になる事は出来ないが、口契約だけの結婚……とでも言うか……生涯を共にしたい。
「えっと……それって?」
予想外の提案だったのか、千春が目を丸くしてこちらを見る。俺はその目をしっかりと見つめ返し、
「俺はこの中の誰か一人を選ぶなんて出来ないです。誰か一人と幸せになるなんて選択肢は、無いんです」
――俺が誰か一人を選んで、他の三人が悲しむ……そんなのは嫌だ。だから俺の頭には、最初からそんな選択肢は無かった。
「だから……もしも皆さんがこれから先、ずっと俺と一緒にいてくれるのなら――二度と離しません」
この提案がどれだけ酷いものかは分かっている。選べないから全部欲しい――そんな我侭なのだから。だから俺のこの提案は、稟香と咲紀さんに笑われた。
子供っぽいと。――だけど、子供っぽくても良い。我侭でも良い……俺は誰かの笑顔を奪いたくなんてない。
「私は前にも言ったよね……圭君の事、大好き。――だからずっと一緒にいるよ?」
咲紀さんは俺の大好きな笑顔を見せて、そう言ってくれる。次いで稟香も――
「相変わらずの無謀な挑戦ですよ? ――だけど、私も咲紀さんと気持ちは変わりません。圭兎君が大好きなので」
慈愛に満ちた笑顔で、背中を押してくれる。どうやら稟香も咲紀さんも、前と想いは変わっていないみたいだ。……となると、問題は今初めてこの提案を聞いた飛鳥さんと千春だが……。
「「………………」」
二人共、無言のまま俯いていて。――でも、俺にはそれが嬉しかった。
ちゃんと真剣に考えてくれている。それだけでも十分、満足だ。
「………………分かった。あたしもずっとアンタの傍にいる」
先に口を開いたのは、千春。俺と一緒にいてくれる――つまりは、提案を呑んでくれた事になる。
俺は安堵の溜め息を吐いて、ゆっくりと飛鳥さんの方を見る。それに釣られて全員の視線が飛鳥さんに集中したところで――
「そうだな。好きな人とずっと一緒っていうのは、幸せだよな……♥」
――乙女モード突入。
「圭兎ぉ~……アタシも永遠に大好きだぞ♥」
――そう言って飛鳥さんは、正面から抱きついて来る。………………って――はああぁぁああぁ!?
何で!? 今、皆で平和に過ごしましょうって空気だっただろ!
「ちょ、ちょっと飛鳥! 抜け駆けはずるいよ!」
そんな飛鳥さんの突然の行動に叫びを上げたのは、咲紀さんで。
「――私の方が圭君の事、好きだもん!」
何と張り合っているのか分からない台詞と共に、俺の右腕にぎゅうぅぅっと力いっぱいしがみ付いて来て。
「待って下さいよ! 俺は――」
――今まで通りの生活をしたいだけです! そう反論しようとして、千春に遮られる。
「そっか……結局は全員と付き合うっていうのと同じだよね……。じゃあ独り占めとかは関係無いよね……」
人差し指を唇に当てていた千春は、結論が出た! みたいな顔になって、俺の左腕に控えめに飛びつく。
どんどん悪化して行く現状で、頼れるのはこの中で唯一冷静……と言うか俺の今の状況を楽しんでいる稟香だけ。
「り、稟香っ……助け――」
「――なるほど。圭兎君はこうなる事を分かっていてあんな提案を?」
小悪魔みたいにイヤラシイ笑顔を浮かべる稟香。
……くっそ……! 俺が困るのを見て楽しんでやがる!
「そんな訳無いだ――」
「――なるほどなるほど。圭兎君は、ハーレムを望んでいたと!」
わざとらしく「ビックリだわぁ」なんて呟きながら、稟香は更に最悪の道を切り開いている。……何がしたいんだよ!
「私も加わりたいわぁ。……でも圭兎君は人気者なので、もう抱きつくスペースもありませんね。――そうだ、キスでもしましょうか」
限りなく棒読みに近い台詞を、俺だけでは無くこの場にいる全員に聞かせている。――そして、そんな言葉が耳に入った三人は――
「「「駄目ッ!!」」」
――口を揃えて、そう叫んだ。
「あらあら残念……っ!」
爆弾発言を投下した本人は、グリグリという音が聞こえてきそうな程強く、俺の足の甲を踏んでいた。……って何でだよ……!
「だから! 俺はいつも通りに――!」
「――あっ、稟香ちゃん! 圭君の足踏んじゃだめだよ!」
「そういう咲紀さんこそ、ちょっと圭兎君に密着し過ぎです」
「圭兎ぉ~! ハネムーンはどこに行く?♥」
「なっ! あ、飛鳥! 気が早いって!!」
――って聞いちゃいねぇ!
違う……! 俺はこんな事を望んでいた訳じゃない! 俺は……俺はいつも通りの生活に戻したかっただけで!
朝寝ていたら誰かが起こしに来てくれて、皆で朝食を食べて。一緒に登校して! 帰りは咲紀さんと一緒に買い物とかしてご飯作って! 皆で一緒に食べて……!!!
そんな普通の生活を取り戻したかっただけだ――!
――だから!!
「ねぇ圭君! 圭君は足なんて踏まない子が好きだよね!?」
「圭兎君はお姉さん系が好きなんです!」
「むっ……圭兎はアタシみたいなお姉さん系が好きなのか!」
「あ、あたしだって三ヶ月お姉さんだもん!!」
好き勝手言いやがって……! 止まる事を知らない四人を前に、お腹の辺りから沸々と何かが沸いて来る。
――目いっぱい息を吸い込んで、力の限り叫ぶ。
俺は『平和な家族』を望んでいただけで、ハーレムなんて要らないんだ!
だから! と思う気持ちが強い――だけど……!
「こんな……!」
――こんなハーレムはいらない?!




