十二月三十日――――夜~リビング~③
『稟香を――泣かせないで』
あの時、稟香の母親が俺に頼んだのは、ただそれだけだった。大切な娘の悲しんでいる姿を見たくないという母親の願い。
傍から見れば美しいと言われるのだろうが、俺は「ふざけるな」としか思えなくて。けれど――
『俺が稟香を――笑顔にします』
稟香の母親が何を想って俺にそう託したのか。それを考えてしまえば、無意識の内にそう言っている自分がいた。
あの人は「泣かせないで」とは言ったが「笑顔にして」とは言わなかった。……いや、言えなかったんじゃないだろうか?
だって、一度手放してしまったんだから。「笑顔にして」なんて言う資格を剥奪されたと思ったって不思議じゃない。
あくまでも俺の予想なんだけどな……。
でもきっと、稟香の母親は陰からではあるが、娘の幸せを一番願っていたんだと、今なら思える。
稟香はあの時の俺達が何の話したのか、何を約束したのかを凄く気にしていたけれど……。きっと教えるのはもっと先になるだろう。
――今はまだ、時期じゃない。
「圭君? 大丈夫?」
ようやく回復して来た視界には、心配顔の咲紀さんがいる。その周りには、これまた心配顔の姉達。
「大丈、夫……ですっ……」
言葉を詰まらせながらも何とか伝える。嬉し泣きって……こんなに幸せなんだな。
好きな人の為に流す涙がこんなにも綺麗なものだとは知らなかった。
「俺っ……」
だけど俺は、この中の誰が好きかなんて選べない。
「俺は……誰とも……」
付き合いたくないというのは、本心でもあり嘘でもある。いつも通りの家族でいられなくなるのなら付き合いたくない。
でも、付き合えるのなら――。
「――圭兎君」
稟香が俺の言葉を遮って、口を開く。その目はどこか潤んでいるようにも見えて……。
「それなら、あの『提案』を皆さんにしてみては?」
決して俺を陥れたいとか、そんな色は見られない発言。きっと俺の事を想って言ってくれている……そうなんだろうけれど……。
「でも……っ」
先にも言ったが、俺のした提案はこういう雰囲気に流されてもらいたくないものだ。冷静になってもらわないと……。
「圭兎君、全てを否定するのではなくて、たまには受け入れてみて。きっと圭兎君が思ってる程、私達は流される人じゃないから……ね?」
諭すように言ってくれる稟香の瞳には、優しさが灯っていて。姉として、なのか好きな人として、なのか……はたまた家族だからなのか。
心の底から安心出来るような、温かみのある笑み。
全てを否定するな、たまには受け入れろ。か……。
「じゃあ……絶対に意地にならないって、約束……して下さい……」
――もしも全員が意地になって流されてしまったら?
――もしも上手く行かなかったら?
――もしも「そんなの無理だ」って否定されてしまったら?
「うん。圭君がそう言うなら」
「はい、約束します」
「約束する」
「分かった……」
――でもきっと――皆なら――。
「これはあくまでも、俺の提案ですよ……?」
そう前置きをしてから、ゆっくりと口を開いて想いを伝える。
「俺は――これから先もずっと、飛鳥さんと稟香と咲紀さんと千春と一緒にいたいです。だから……もしも皆さんが俺を好きでいてくれるなら――」
――きっと大丈夫。皆なら――きっと。
「――このままずっと、一緒に暮らして下さい」




