十二月三十日――――夜~リビング~①
目の前にまで迫った稟香の顔に、息が詰まってしまう。
「言うの? 言わないのっ?」
――俺がここで「もしも付き合うなら誰か」を言ってしまえば、修羅場に直行。
――言わなければ、大事な『提案』をバラされてしまう。この提案は、その場の空気というものが大切で、少なくともこの状況で言えるような事じゃない。
だって、きっとこの場で言ってしまったら、俺の提案は簡単に飲まれてしまうから。こんな喧嘩した状態で言ってしまえば、冷静になんてなれないから。
「……言……えないけど……言わないで」
そんな子供みたいな条件を提示するも、「駄目」の一言で一蹴されてしまう。いや……駄目って言われても……。
いくら脅されようとも、これだけは言えない……。
「…………提案って……もしかして、ユーカリの木の下でしてくれた……?」
――口を開いたのは、少しの間だけ再起不能気味だった咲紀さん。……って、この状況で復活しないでくれよ!
そんな俺の心の叫びが聞こえる訳も無く……復活した咲紀さんは、稟香と顔を見合わせて嫌な笑みを浮かべる。
「なるほど……ねぇ圭君、この中の誰と付き合いたぁい……?」
いつもの可愛らしい笑顔を浮かべて(しかし目だけは笑っていない)、咲紀さんは俺ににじり寄って来る。
くそっ……誰だ、咲紀さんをこんなヤンデレ風にしたのは……!
「だっ、だから……言えませんって……」
どうして女という生き物は、恋愛が絡むとこんなにも豹変してしまうのだろうか……?
改めて女の怖さを知った一瞬だった。
「じゃあ言っても、良いよね? ねぇ飛鳥、千春――」
「――わー! わーわーわー!!!」
今にも話し出そうとする咲紀さんの声に被せて、小学生みたいに声を大にして叫ぶ。
「なぁに圭君? 言うの?」
「うぐっ……!」
「圭兎君、言うのよね?」
「うぐぐ……!」
何でこういう時だけは喧嘩も忘れて結託………………って、あれ? もう喧嘩してる雰囲気じゃ……ない?
「ん? 提案って何だ、圭兎? 稟香と咲紀は知ってるようだが……千春は?」
「あたしも知らない。って事は二人だけに教えたの?」
今までは「飛鳥さん・稟香」と「咲紀さん・千春」で対立していたように見え、その間には境界線のようなものも垣間見えた気がしたけど……。
現在はどうだろう? 稟香と咲紀さんは仲良く手を取り合って俺を責めて(楽しんで)いる。そして咲紀さんも、自然な流れで飛鳥さんと千春に話しかけている。
しかも飛鳥さんは千春に話を振っていて……?
………………あれ?
「ちょ、ちょっと待って下さい……」
何かもう仲直りする必要って無いんじゃ……?
「あの……皆さん、もういつも通りに戻ってません……か?」
恐る恐る様子を窺いながらそう訊くと、四人は驚いたような顔でこちらを見て……。
「「「「………………」」」」
「確かに」みたいな顔をして、固まった後、一斉に笑い出した。
「えっあっ……ちょっと……」
一人取り残された俺は、リビングに響き渡る笑い声と、笑顔を咲かせている四人を見て泣きたくなった。
――久し振りに見た笑顔に、心が満たされた。
「………………っ」
一気に体温が上昇して、温かくなる。
――そうだ。俺が見たかったのは……家族会議をしている姿でも無ければ、傷付け合っている姿でも無い……。泣いている顔でも、苦しんでいる顔でも無い。
――この笑顔だったんだ。
急激に襲って来た安心感に、釣られて俺まで笑い出してしまう。
笑いが笑いを呼び、連鎖の如くして広がる笑顔に――いつもの橋﨑家が戻って来たような感覚になる。
――大丈夫……また、笑い合える。




