十二月三十日――――夜前~リビング~
「飛鳥さん、稟香、咲紀さん、千春……」
一人一人の目をしっかり見て、ゆっくりと見回す。そして俺は、意を決して言葉を放つ。
「皆さんに好きだって言ってもらえるのは、凄く嬉しいです。俺みたいな奴には勿体無いくらいで……」
勉強が出来る訳でも無ければ運動が出来る訳でも無い。優しくないし不器用だし頼りないし優柔不断だし……そんなマイナスな部分ばかりの俺。そんな俺を好きだと言ってくれる人が、こんなにも近くに居るんだ。
しかもその好きは「恋愛感情」としての好きで。本当に嬉しいんだ……これ以上無いくらいに。
「でも……」
――付き合うという選択肢を取るのは、違う気がする。誰か一人を選ぶなんて……。
「……俺は、誰とも付き合いたくないです」
「付き合わない」では無く、「付き合いたくない」。その言葉が一体何を表しているのか……それは、俺なりの「家族の為」と想う気持ちだった。
「……どういう……事だ?」
俺の答えを聞いた飛鳥さんは、酷く焦ったような表情で理由を尋ねて来る。
理由なんて……簡単だった。もしも俺が誰かと付き合ってしまったら、家族同士で遠慮し合うという何とも見るに堪えない光景になる。……と思っていたが、この様子じゃあそれは無いな。
でも、きっとまた同じ事の繰り返しになるだろう。少なくとも「諦める諦めない派」と「それは違う派」が居る限りでは。
「俺は、全員で笑って過ごせる毎日が大好きなんです。でも……でも今の状況ってそれとはかけ離れてますよね? 原因は俺を好きだから。それなら……誰とも付き合わなかったら、またいつもの日が戻って来るんですよね?」
四人が手を引かなくても、俺がこの感情を抱かなければ良いんだ。
「だったら俺は、誰とも付き合いたくないです」
「付き合いたくない」と正面から言われた四人は、気まずそうな顔をして俯く。やっぱり自覚はあるようだ。
――そして、誰も口を開かないままの重たい空気がリビングを支配する。
……これで良いんだ。
四人が喧嘩を続けるのなら、その原因を絶てば良い。
また家族揃って笑顔で居られないなら、『暗』を消せば良い。
荒療治な気もしたが、でももうこれ以外に方法なんて……。
「じゃあ………………」
――長い長い沈黙を打ち破ったのは、稟香だった。俯けていたその顔を上げると、そこには『決意』の色が見える。
「もしも……もしも付き合うとしたら、この中の誰ですか?」
その『決意』の色は、爆弾発言と共に燃え滾った。
「はっ、はぁ!?」
あまりにも予想外の発言に、思わず声が裏返ってしまう。な……何を言ってるんだ……? 稟香は。
「良いから、教えて」
前のめりの体勢になって顔をぐっと寄せて来る稟香。いつもの小悪魔的な表情とは違って、今は我侭を言う子供のような、純粋無垢な顔。
教えなければ今にでも駄々をこねそうな勢いだ。
「いや……教えてって……」
だからと言って俺も言う訳にはいかない。ここで言ってしまえば、結局は同じ事になってしまう。
「言えませんよ……」
いくらなんでもここで、付き合うとしたら……なんて事を言う程には馬鹿じゃない。そんな事してみろ……ただの修羅場になるだけだぞ。
「ふぅん……」
しかし俺の返答を聞いた稟香は、「何か隠し玉を持っている」とでも言いたげな、妖艶な笑みを浮かべて俺を見た。
そのイヤラシイ笑みに嫌な予感がして、「な、何ですか?」と緊張しながらも訊ねる。
「言いたくない、のよね?」
稟香が女王様風になる時に使われる、いつもとは異なる口調。こんな時に言われる事は……本当にロクな事が無い。
「じゃあ……あの時の『提案』、言っちゃおうかしら」
――あの時の……提あ……あぁ!?
「ちょっとストップ! 待て待て待て待て!」
俺がいつぞやに稟香と咲紀さんだけにした、ある『提案』。
自分の気持ちと、これからどうしたいかを伝えた……あの『提案』。
「何、言う気になった?」
あの時にした『提案』は、俺の中では正解だと思っていた。けれど……この状況で言うのは駄目だ。全員が冷静な時に言わなければ、駄目なんだ。
これから先、全員に関わる事だから、その場の勢いとかに流されちゃ駄目な『提案』だったんだ。
「っ~~~!」
どうする………………? どうすれば良い?
――俺が苦悩しているのを他所に、稟香は更にぐっと顔を近づかせて、
「言うの? 言わないのっ?」
って――どうすれば良いんだよ――!!




