十二月三十日――――夕方~外・総合体育館~
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
三年前、咲紀さんが千春を好きな理由に『家族想い』を挙げた。きっとそれが全てでは無いにしても、最大の理由が『家族想い』だからなのだろう。
好きな人の理想に近づきたい……じゃないけど、それでもあの日からの俺は少しずつ変わって行った。主に家族に対しては、常に優しくあろうと心に誓っていたり。
――咲紀さんに、変わり行く自分を見ていてもらいたかった。
「っ……」
急に込み上げて来た「泣きたい」という感情を押し殺し、咲紀さんと千春が行きそうなところを思い浮かべてみる。
学校? どこかの店? 近所の公園? ――頭をフル回転させてはいるものの、候補に挙がるのはどれも抽象的なものばかり。
あの二人が行きそうなところ………………。
「くそっ……」
頭を横にブンブンと振って、頭をリセットする。考えていても全く分からない……だから、本能の赴くままに走り出した。
行き先に宛てなんて無い。けれど、何もしないでいるよりはマシ。俺が今までずっと思って来た事でもある、モットーのようなもの。
――とりあえず、探さなくちゃ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はぁっ、はぁっ」
呼吸をするのも辛くなって来るまで走って、現在地を確認する。……家からは大分離れてしまったけれど、この道は来た事がある。
四月の下旬頃の事だ……忘れもしないあの日。
――千春が仲間からの裏切りを受けた、あの試合。
「はぁっ……もし、かしてっ……!」
もやもやとした感情が心を支配する。あの日見た千春の涙が瞼の裏に焼きついて、離れない。
折角努力して来たのに、その全てを無駄にされた残酷な瞬間が、頭にこびりついている。
――あんな姿は……もう二度と見たくない。
そう思いながら俺は、あの総合体育館へと足を向けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――ガチャガチャ……。
総合体育館へと入る為には、当然入り口が在る。しかし、今日はどうやら休館日のようで……扉はしっかりと施錠されていて。
「……やっぱりいないよな」
まぁ……元々ここにいるなんて確証は無かったんだし、当然と言えば当然だ。――それでも、この場所が気になって仕方が無かった。
もしかして……と思う気持ちに従って、俺は体育館の周りと歩き始める。
立ち並ぶ木々はすっかり雪の帽子を被ってしまって、地面には足を取られる程の積雪が。そんな白銀の世界に足跡をつけていると――
「もう嫌だよ……」
――どこからか、弱々しい声が聞こえて来て。
いつもの元気いっぱいな声では無く、声は湿っている。きっと……泣いているんだろう。
「千春、大丈夫だよ……私がついてるから……ね?」
そして次に聞こえて来たのは、声にまで心配の色が浸透している優しい声で。
――千春も咲紀さんも、ここにいた。
見つかった事に安堵する自分と、どんな顔をすれば良いのか分からない自分。二人の自分が心の中に暗い感情を産んで行く。
でも……逃げちゃ駄目だ。
俺の所為で二人を傷つけてしまったんだ……俺が謝るしかないんだ。
そう自分を説得して俺は、一歩一歩を確実に踏みしめて行った――――。




