十二月三十日――――夕方~外~
千春と咲紀さんを追いかけるようにして家を出た俺は、昔の事を思い出していた。
――三年前、俺が橋﨑家に馴染めず、星の下で密かに咲紀さんに恋をしていた時の話。
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「――それでね、クラスの男の子達が私に……」
ある八月の日の夕方、蒸し暑さにより不快感が最高潮にまで達していた俺。いつものように学校が終わり、家に帰ってテラスに出て、訳も無く空を眺め……そして隣には咲紀さんがいる。
今はまだ星が出るには早い時間帯だったけど、何もしないで家の中にいるよりは、気温も気持ちも心地よくて。
当たり前の光景。いつまでも変わる事の無いと思っていた光景だった。――それなのに。
「咲紀! 千春が怪我したって……!」
リビングとテラスの妨げとなっている扉が、ガラッと勢いよく開かれた。
突然の事に驚いた俺と咲紀さんが目を向けると――そこには「はぁっはぁっ」と呼吸を荒くし、髪の乱れている飛鳥さんの姿が在って。
「っ!? け、怪我って!?」
隣には――酷く動揺している咲紀さんの姿も。
「はぁっ……! 部活帰りにっ……はぁっ……! 今はっ、上で……!」
言葉になっていない飛鳥さんの声を聞いて、咲紀さんはリビングへと駆け込んだんだ。――――俺をおいて。
「あっ……」
取り残された俺は、そんな間抜けな声しか出せずに、ずっと咲紀さんの残像を追いかけていて。進む背中と止まった俺の縮まらない距離がもどかしくて――。
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――その日の夜、二十一時くらいの事。この時までずっとテラスで佇んでいた俺は、ガラッという音で正気に返った。そして、自分が何時間もここに居たんだと、実感するくらいに辺りは暗くて。
「圭君? 戻らないの……?」
きっと、リビングでもずっと心配してくれていたんだろう……。咲紀さんが申し訳なさそうに声をかけてくれた。
――でも……目を合わせたくなかったんだ。何故か、千春に取られてしまったような嫉妬が心に渦巻いていて。
自分でも馬鹿だとは思う。俺とただ意味も無く話すのと、千春が怪我をした事。そんなの、どっちを優先させるかなんて、一目瞭然なのに。……なのに、どうしてなんだろう。
「……咲紀さん」
「なぁに?」
咲紀さんは何も無かったかのようにして、優しく声をかけてくれて。それが逆に辛くて、寂しくて……。不意に泣き出しそうになったのを、下唇を噛み締めて堪える。
「咲紀さんは……どうしてそん、なに千春と……仲が、良いんですか……?」
所々突っかかりながらも、何とか口に出した言葉。聞いてしまうのが怖いような気もした……でも、聞いておきたかった事。
「千春と? うーん……」
人差し指を頬に当てて「そうだなぁ……」なんて考え込む咲紀さんが、目を疑うくらいに可愛かった。そういう仕草が凄く様になっていて、魅力に満ち溢れていて。
俺が恋なんてして……良い訳無い。きっと咲紀さんにはもっと相応しい人が現れる……そんな事、分かってるのに……。
――諦めるなんて事は出来ない。
それが恋なんだ。しかも俺の場合は初恋、なかなか諦められないところがある。
「――やっぱり……家族想いだから、かな?」
「……家族……想い……?」
悩んで悩んで、悩み抜いた咲紀さんから出た結論は、それだけだった。『家族想い』の一言だけ。
――でも、訊き返してはしまったが、納得出来るような気もして。
咲紀さんは凄く家族想いで、優しくて温かくて頼りになって……。
「うん! 千春ってね、いつもはサッカーばかりしてるでしょ? でもね、その裏ではいつもいつも私達の事、考えてくれてるんだよ? 例えばね、私が具合悪い時とかは誰よりも早く気付いてくれて、薬とかも出してくれて……。すっごく優しいんだぁ……」
まるで恋する女子みたいに瞳を輝かせて千春の事を語る咲紀さん。その姿を見ていたら……嫉妬なんて感情が馬鹿らしくなっていた。
――咲紀さんは、家族想いだ。
――千春もまた、家族想いだ。
二人の馬が合うのも、当然の事だろう。――お互いに、一つの『橋﨑家という家族』を好きになったんだから。
「………………よう」
「え? なぁに、圭君?」
「いえ……何でも無いです」
俺が自分にすら聞こえるか聞こえないかの声で呟いた声を、咲紀さんは聞き取れなかったようだ。
――が、構わない。俺はこの言葉を、胸に、今日から歩んで行こう。
――――俺も家族を大切に想えるように、努力しよう。
『家族』という存在を忘れかけていた俺にとって――咲紀さんと千春の関係は、凄く羨ましかった。




