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十二月三十日――――夕方~外~

 千春と咲紀さんを追いかけるようにして家を出た俺は、昔の事を思い出していた。

 ――三年前、俺が橋﨑家に馴染めず、星の下で密かに咲紀さんに恋をしていた時の話。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――それでね、クラスの男の子達が私に……」


 ある八月の日の夕方、蒸し暑さにより不快感が最高潮にまで達していた俺。いつものように学校が終わり、家に帰ってテラスに出て、訳も無く空を眺め……そして隣には咲紀さんがいる。

 今はまだ星が出るには早い時間帯だったけど、何もしないで家の中にいるよりは、気温も気持ちも心地よくて。

 当たり前の光景。いつまでも変わる事の無いと思っていた光景だった。――それなのに。


「咲紀! 千春が怪我したって……!」


 リビングとテラスの(さまた)げとなっている扉が、ガラッと勢いよく開かれた。

 突然の事に驚いた俺と咲紀さんが目を向けると――そこには「はぁっはぁっ」と呼吸を荒くし、髪の乱れている飛鳥さんの姿が在って。


「っ!? け、怪我って!?」


 隣には――酷く動揺している咲紀さんの姿も。


「はぁっ……! 部活帰りにっ……はぁっ……! 今はっ、上で……!」


 言葉になっていない飛鳥さんの声を聞いて、咲紀さんはリビングへと駆け込んだんだ。――――俺をおいて。


「あっ……」


 取り残された俺は、そんな間抜けな声しか出せずに、ずっと咲紀さんの残像を追いかけていて。進む背中と止まった俺の縮まらない距離がもどかしくて――。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――その日の夜、二十一時くらいの事。この時までずっとテラスで佇んでいた俺は、ガラッという音で正気に返った。そして、自分が何時間もここに居たんだと、実感するくらいに辺りは暗くて。


「圭君? 戻らないの……?」


 きっと、リビングでもずっと心配してくれていたんだろう……。咲紀さんが申し訳なさそうに声をかけてくれた。

 ――でも……目を合わせたくなかったんだ。何故か、千春に取られてしまったような嫉妬が心に渦巻いていて。

 自分でも馬鹿だとは思う。俺とただ意味も無く話すのと、千春が怪我をした事。そんなの、どっちを優先させるかなんて、一目瞭然なのに。……なのに、どうしてなんだろう。


「……咲紀さん」


「なぁに?」


 咲紀さんは何も無かったかのようにして、優しく声をかけてくれて。それが逆に辛くて、寂しくて……。不意に泣き出しそうになったのを、下唇を噛み締めて堪える。


「咲紀さんは……どうしてそん、なに千春と……仲が、良いんですか……?」


 所々突っかかりながらも、何とか口に出した言葉。聞いてしまうのが怖いような気もした……でも、聞いておきたかった事。


「千春と? うーん……」


 人差し指を頬に当てて「そうだなぁ……」なんて考え込む咲紀さんが、目を疑うくらいに可愛かった。そういう仕草が凄く(さま)になっていて、魅力に満ち溢れていて。

 俺が恋なんてして……良い訳無い。きっと咲紀さんにはもっと相応しい人が現れる……そんな事、分かってるのに……。

 ――諦めるなんて事は出来ない。

 それが恋なんだ。しかも俺の場合は初恋、なかなか諦められないところがある。


「――やっぱり……家族想いだから、かな?」


「……家族……想い……?」


 悩んで悩んで、悩み抜いた咲紀さんから出た結論は、それだけだった。『家族想い』の一言だけ。

 ――でも、訊き返してはしまったが、納得出来るような気もして。


 咲紀さんは凄く家族想いで、優しくて温かくて頼りになって……。


「うん! 千春ってね、いつもはサッカーばかりしてるでしょ? でもね、その裏ではいつもいつも私達の事、考えてくれてるんだよ? 例えばね、私が具合悪い時とかは誰よりも早く気付いてくれて、薬とかも出してくれて……。すっごく優しいんだぁ……」


 まるで恋する女子みたいに瞳を輝かせて千春の事を語る咲紀さん。その姿を見ていたら……嫉妬なんて感情が馬鹿らしくなっていた。


 ――咲紀さんは、家族想いだ。


 ――千春もまた、家族想いだ。


 二人の馬が合うのも、当然の事だろう。――お互いに、一つの『橋﨑家という家族』を好きになったんだから。


「………………よう」


「え? なぁに、圭君?」


「いえ……何でも無いです」


 俺が自分にすら聞こえるか聞こえないかの声で呟いた声を、咲紀さんは聞き取れなかったようだ。

 ――が、構わない。俺はこの言葉を、胸に、今日から歩んで行こう。




 ――――俺も家族を大切に想えるように、努力しよう。




 『家族』という存在を忘れかけていた俺にとって――咲紀さんと千春の関係は、凄く羨ましかった。

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