表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/98

十二月三十日――――夕方~リビング・玄関~

 細くて、それでも運動をしっかりとしている事が分かる腕。

 今まで家族をずっと支えて来てくれた、飛鳥さん。強くて凛としていて、いつも家族想いの優しい姉……。

 でも、たまに見せる溶けたような笑顔や声が凄く可愛い――女の子だ。

 いくらいつも凛としているからって、それだけが本当の姿だとは限らない。他にもいろいろな一面がある……少なくとも、飛鳥さんには。


「…………………………いかないで」


 ――声を震わせてそう言った飛鳥さん。後ろから抱きつく形になっているから表情は分からないけれど……でも、不安一色なんじゃないかと思う。


 そして俺は、自分を恨む。


 俺がしようとしていたのは、「橋﨑家を元に戻す」なんてものじゃなく、ただの「問題の先送り」に過ぎない。

 大体、今この場で喧嘩なんてさせて……もっと仲が悪くなる可能性だって大いにあるんだ……。

 俺は……俺はそんなに焦っていたのか……? 四人の仲を取り戻したいが為に、目先の事にしか手が届かなかった。

 「焦りは禁物」、「急がば回れ」……今の俺にピッタリの言葉じゃないか。


「飛鳥さん………………」


 追いかけなければいけない事は分かっている。でも……千春に合わせる顔が無い。今更追いかけて……「ごめん」なんて言えな――


 ――とんっとんっとんっ――ガチャッ。


 心の中で無意味な言い訳をしようとしている俺の耳に、そんな音が聞こえた。階段を下り、リビングへの扉を開く音が。


「……な、何してるの?」


 ――俯けていた顔を上げ俺の目に飛び込んで来たのは、微妙に泣き腫らしたような目をしている、咲紀さんで。

 ……あぁ……そうか……咲紀さんだってこんな状況は望んでいないんだ。それなのに俺は……どうして事態を悪化させるような事を……。

 再び俺の心を(むしば)む、罪悪感。


「いや……その……」


「ねぇ圭君……さっき千春の声が聞こえたんだけど……千春は……?」


 咲紀さんのそんな疑問に、飛鳥さんは体を飛び上がらせた。きっと、自分の発言の所為で千春が家を飛び出したと、責任を感じているんだろう。


 ――悪いのは、俺なのに。


「……………………………………外に」


 固く閉ざされた口から出て来たのは、たったの三文字だけだった。――が、咲紀さんはその三文字だけでも十分だったらしく――。


「外にって……もしかして出てったの!?」


 そう叫んで、どんどん俺との距離を詰めて行く咲紀さん。だけど、俺は頷く事しか出来ず――。




 ――頷いた瞬間にパァ――ンという音が響き、自分の左頬がじんじんと痺れている事に気付いた。




「圭君! 何で千春を……!! 何をしたの!!!」


 そう叫ばれて、俺は言葉を失う。

 ――咲紀さんがここまで怒りを(あら)わにしているのは初めてじゃないだろうか? この間の喧嘩とは比べ物にならないくらいに――怖い。

 キッと俺を睨みつけ、眉間にしわを寄せて……本当に『怒り』そのものだった。


「…………ごめ、ん……なさい」


 一体俺は、何に対して謝っているのか。自分でも分からないままに謝罪の言葉を口にしていて。

 とにかく怖かった。咲紀さんの勢いに圧倒されてそう言ってしまったのかもしれない。……いや、きっとそうだ。


「千春は……?」


「……分からないです」


「っ……!!」


 ――それだけ訊いて、咲紀さんも玄関に向かった。


「っ――!」


 そして俺も、正気に返る。

 ――このままじっとしていたんじゃ、もう二度と二人には顔を向けられない。もう二度と、二人の笑顔を見る事が出来なくなる。

 そんなの……嫌に決まってる。


 再びギリッと歯を食いしばり、俺は飛鳥さんに「離して下さい」と、告げる。


「………………頼むから、行かないで」


 さっきよりも調子を取り戻して来たのか、飛鳥さんは少しだけ強く言う。……が、


「飛鳥さん、大丈夫ですから。俺は――戻って来ます」


 何としてでも、行かなくちゃいけない。俺は二人を追いかけなくちゃいけないんだ……。


「圭兎ぉ………………」


 今にも泣き出しそうな飛鳥さんの声に心を痛める。俺だって……好きでこんな事をしてる訳じゃないんだ……飛鳥さん。


「絶対に、戻って来ますから」


 俺がもう一度、強くそう言うと――飛鳥さんは腕を解いた。まるで脱力したかのように、するりと抜け落ちる腕。

 飛鳥さんには申し訳無いが……俺は玄関に向かう。


「……ごめんなさい、飛鳥さん」


 靴を履きながら、小さくそう呟き、扉に手をかけて押し開ける。

 後方から聞こえた――――


「……馬鹿」


 ――――の声を背に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ