十二月三十日――――夕方~リビング~
十二月三十日。大晦日前日に、俺は行動を起こそうとしている。
はっきり言って、それが吉と出るか凶と出るかは分からない。成功すればきっと橋﨑家に笑顔が戻り、もしも失敗すれば……。
いや、今は前向きに考えよう。成功してくれる事を願おう。
どうして四人が喧嘩をしているのか。それは昨日の朝、導き出せたような気がした。
――多分、四人が俺を好きだから。……こんな事思うのは自惚れていると思う……けど、それ以外には考えられなかった。
その話をどうして今更持って来たのか……それは分からないけれど、今ならクリスマスが近かったからとか、一年が終わるからとか、色々と考えられる。
でもそんな理由はどうでも良かった。理由がどうであれ、こうなった事に変わりは無いんだ……俺が原因なんだ。
だから俺は決心した。四人の仲を――橋﨑家を元通りにしよう、と。
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――そして夕方になり、俺は動く。作戦は簡単で、「目には目を、歯には歯を、喧嘩には喧嘩を」作戦だ。いや……簡単に言ってるように聞こえるかもしれないけれど、俺は本気で成功すると思っている。
お互いの気持ちを心行くまでぶつけ合って、そうしたら案外解決するんじゃないか? と、そういう算段だ。
上手く行かないと思うだろう、子供っぽいと思うだろう。だけど――俺は本気だ。きっと四人なら、荒療治ではあるが、解決してくれるはずだ。だから俺は、喧嘩ができる場所を作ろう。
「飛鳥さん、千春……ちょっと良いですか?」
夕食後、リビングで雑誌を読んでいた千春と、風呂上がりの飛鳥さんを呼び付ける。二人は一瞬嫌そうな顔をしたものの、すぐにこちらを向いてくれる。
多少強行でもしなければ喧嘩どころか話し合いすら出来ないだろうから。
「ちょっと話があるんです」
――そう切り出して、俺は二人にソファに座るように促した。ちなみに二人は対面するように座り、決して隣に座ろうとはしなかった。……いつもなら真っ先に隣に座るのに。
やっぱりおかしい……仲の良い二人がこんな風になるなんて。こんな状況、誰も望んでいないはずだ。
「飛鳥さん、千春……どうしてそんなに意地になってるんですか?」
あの時……咲紀さんと意地の張り合いをしていた俺が言えた事じゃないけれど……。だけどこの一言をきっかけにして「だって」に繋がれば良いんだ。俺の目的である「喧嘩」には、それが必要なんだから。
「……何の事だ」
――だが、飛鳥さんは俺にまで意地になってしまっている。さて……どうしたもんか。
ほんの少しの希望を込めて千春に視線を向ける。……が、千春は俯いてしまって何か言うような気配は無い。
「最近、雰囲気おかしいですよね……」
それはもちろん、飛鳥さんに限った事じゃないのは本人が一番分かっているだろう。
「だから何の事だと訊いてるだろう」
……まだとぼけるか。
「――あの日の朝、喧嘩をした時から様子がおかしいって言ってるんです」
少し強い言い方になってしまい、「飛鳥さんと千春」ではなく「俺と飛鳥さん」の喧嘩になってしまわないかが不安だ。――――が、
「あぁ、様子がおかしいと言えば、千春が一番おかしいんじゃないのか?」
――突然、飛鳥さんが千春の方を見やってそう言った。……どういう意味だ?
「…………………………何が」
急に名前を出された千春は、まるで思い当たる節があるかのようにビクッと震えた。その表情を見る限りでは、余裕の色も無い。
……何かあったのか?
「千春。お前最近、部活に顔出しすらしてないだろう」
「っ……!」
飛鳥さんの一言で、千春の顔が『苦』に歪む。
「どういうつもりだ。これから先、部活を引っ張って行くのは二年生だけじゃなく、千春達一年生でもあるんだぞ?」
「………………」
千春が部活に出ていない……? 最近は家族なのに交流が無かったから……全く気がつか――――
「…………………………………………よ」
――――俺の思考を遮るようにして、千春は聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声を搾り出す。
「何だ?」
飛鳥さんがそう訊くと――千春は肩をブルブルと震わせ、勢いよく立ち上り――――。
「ふざけないでよ! 家族がバラバラになって……! それでいつも通りでいろって何なの!? おかしいでしょ!! あたしは……あたしは部活なんてどうでも良い!」
――――目から涙をボロボロと流し、そう叫んだ。今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのようにして。
最後に、
「あたしは家族がいればどうでもいいの!!!」
――と付け足して、リビングから出て行った。
ガチャガチャッ……バタン!!
――そして、この家からも出て行った。
「………………っ! 千春!」
状況の整理に遅れた俺は、数秒間固まった後、ようやく足を動かす。
俺はなんて馬鹿だ……。何が「喧嘩が出来る場を作る」だ……! そんな事……問題の先送りにしかならないじゃねぇか!
ギリッと歯を食いしばって、千春を追いかけようと駆け出――――――――
――――そうとして、止められる。
「っ……!?」
後方から伝わる、温もり。体の前に回された細くて綺麗な腕。
――飛鳥さんが、後ろから俺に抱きついている。
「あ、飛鳥さん、俺……千春を――」
――追いかけなくちゃ! と、そう言おうとして遮られる。
辛くてどうしようもない……助けて……とでも言いたげな声に。
こんな事は望んでない……とでも言いたげな雰囲気に。
「…………………………いかないで」
それは、飛鳥さんが初めて俺に見せた、弱い心なのかもしれない。




