十二月十五日――――朝~リビング~
咲紀さんとの仲も穏やかになり、いつも通りの毎日を送っていたある冬の日の事だった。
――――何の前触れも無く、ソレは起こった。
『そんなの間違ってるよ!』
『だからってどうする訳にも行かないだろう』
『じゃあ咲紀さんが諦めてくれますか?』
『……どうして誰かが諦めるとか、そんな話になるのさ』
――朝、いつもよりも三十分程早く起きた俺は、すぐにリビングへ向かおうと階段を下り始めた。
二階にいる時は気が付かなかったが、一階に近付くに連れて大きくなる、怒声に似た何か。初めは、また玄一さんがひょっこり帰って来て、それでもめているのかと思っていたが……。
その声はいくら耳を澄ましても四人分しか聞こえない。しかもその四人は――よく知った姉のもの。
「喧嘩……か?」
浮かび上がった一つの可能性に、首を大きく横に振る。
考えてもみろ……あの四人が喧嘩しているところなんて、見た事も無ければ聞いた事も無いし、そもそも想像した事も無い。
それ程、仲が良いから。
『じゃあ……! 飛鳥と稟香ちゃんは諦められるの!?』
バンッ! という音が聞こえてから、次いで珍しく声を荒げる咲紀さんの言葉。……もしかして、今のテーブルを叩いたみたいな音って……咲紀さんが?
『アタシは諦めない。だから仕方無いと言ってるんだ』
『こうする事の他に、何も得策はありません』
興奮状態の咲紀さんを宥めるようにして、飛鳥さんと稟香が諭すように言う。だが、そんなものは咲紀さんには通用しないようで――。
『だからっておかしいよ! じゃあ、諦めた三人はどうするの! 千春も何か言ってよ……』
ついには千春に助けを求める咲紀さん。……さっきから諦めるとか何とか……何の話をしてるんだ?
咲紀さんの声の真剣さから、大真面目な話だというのは伝わって来る。……けれど、具体的な情報が何も無いから、検討も付かない。
玄一さんの事? ……いや、でもそれだと諦めるっていうのもなぁ。
家事の事? ……いやいや、家事をしているのは俺と咲紀さんくらいのもんだし……。
頭の中がパンクしてしまう程に膨れ上がっては打ち消される可能性を、一旦頭の隅に押しやる。
――百聞は一見にしかず。こんなところで盗み聞きをしていないで、この目で確かめよう。
そう思い、残りの階段を下り切ってリビングへの扉の取っ手に手を掛け、押し開けた。
「おはようございま……す」
意を決して扉を開いた俺は、目の前の光景を前にして、固まってしまった。
――目の前には、テーブルを挟んで対立するように立っている姉達。そのテーブルは「飛鳥さん・稟香」と、「咲紀さん・千春」の間にくっきりと境界線を作っている。
「「「「っ――!」」」」
そして俺に気付いた四人は酷く驚いた表情で、バッと一斉にこちらを向く。そして――
「お、おはよう圭君。今日は早いね」
「あっいや……その……目が覚めちゃって。ところで――」
――何してたんですか? と訊こうとして、咲紀さんが「あああ!」と大声を出し、俺の声を遮る。
「ご飯がまだだったね! 今から作るから待ってて!」
「い、いや……まだも何も今起きたばっ――」
「――そ、そうだね~! じゃあまだ大丈夫だよね!」
……な、何だ? そんなに俺に聞かれちゃ不味い内容だったのか?
ボーッと咲紀さんの慌てっぷりを見ていた俺を他所に――。
「……それでは、この話はまたいつか」
――と稟香が言うと、稟香以外の三人がそそくさとその場を離れた。
「???」
頭上に浮かび上がる、無数の疑問符。――だが、それを掻き消すようにして俺の目に映ったのは――、
――苦しそうな顔をして洗面所に向かう飛鳥さんと。
――「はぁ……」と深い溜め息を吐いてソファに座り込む稟香と。
――右手の甲で両目を擦って台所に向かう咲紀さんと。
――そんな三人を見て、泣きそうな顔で俺の横をすり抜けて行く千春で。
それはまるで――「家族の崩壊」を表しているようだった。




