十二月八日――――夕方~下校中~
――結局、いくら考えても咲紀さんが観覧車に乗れた理由は導き出せなかった。一瞬でも頭を過ぎった可能性なんて無かったし、何より……咲紀さんの怒った顔を見ていると、考えるのも馬鹿馬鹿しかったから。
そして……ずっと仲直りはしないまま。
一度すれ違ってしまった心は、そう簡単には向き直る事は出来ない。噛み合わなくなった歯車を人間の手で正すのに苦労するのと同じで。
咲紀さんと関わっていない時間は、実際よりもずっと長く感じられた。――それ程に、咲紀さんは俺にとって大切で……掛け替えのない存在だったんだと、改めて思う。
登校中も下校中も、料理の時でさえ会話は無く。更には家で目が合っても、どちらからとも無く目を逸らすだけ。
そんな虚しい日々は一週間も続いた。
……ちなみに、今も一緒に帰ってはいる。でも咲紀さんとの間は開いたままで。「ごめんなさい」がこんなにも難しい言葉だとは思ってもみなかった。
そして、こんな形だけの日々が在るだなんて……。
どちらかが大人にならなければ終わらないこの姉弟喧嘩で、先に大人になったのは――
「……圭君、ごめんね」
――咲紀さんだった。
「俺も意地になってて……ごめんなさい」
怒ってた理由も、観覧車に乗れた理由も分からず終いだったけれど、意地になって頑なだったのは事実だ。
「じゃあ、仲直りの印にお買い物しよっか!」
――先程とは一転して、ぱぁっと笑顔を咲かせた咲紀さんを見ていると、罪悪感に押し潰されそうだった。
この笑顔を、俺は一週間も封印させてしまったんだ……俺の大好きなこの笑顔を。
「――咲紀さん」
商店街の方へ駆け出そうとする咲紀さんの手首を、ぎゅっと握った。
〈――――Saki Side――――〉
やっと話せた……やっと……やっと……! 大好きな圭君と、実に一週間振りの会話が出来た私は、凄く舞い上がっていた。
ずっと話したかった。謝りたかった。隣に……いたかった。だから――
「じゃあ、仲直りの印にお買い物しよっか!」
――だから、心に突っかかりを残したままでも、努めて明るく振舞う。だって私には……それくらいしか出来ないから。
「――咲紀さん」
でも圭君は、一緒に歩き出そうとはしなくて。私が進もうと踏み出した足を、振り払うようにした。
「どう……したの?」
私の手首をきつく握った圭君は、私の問いに答えるようにしてゆっくりと目を合わせて来る。
「お願いします。……どうして……どうして観覧車に乗れたのか……教えてほしいんです」
胸がズキンとして、思わず目を逸らしてしまう。真剣すぎる目が、声が、その全てが……私を苦しめて逃さない。
「そ、それは……」
――言いたくないよ……そんな事。
今更言えないよ。言ったらきっと引かれる……。
「咲紀さん?」
「言いたくない……って言ったら駄目……かなぁ?」
誤魔化し笑いを浮かべると、圭君は一瞬、目を逸らして頬を染めた。……な、何よこの反応は?
〈――――Keito Side――――〉
俺から目を逸らした咲紀さんは、
「言いたくない……って言ったら駄目……かなぁ?」
――と言って、上目遣いにこちらを窺う。その表情があまりにも可愛くて、つい目を逸らしてしまった……。多分、顔も赤いんじゃないかと思う。
ズルい……やっぱり女子はズルい。こんな顔されたら男なんて――。
「教えて……もらえませんか?」
それでも俺は食い下がる。ここで「やっぱり良いです」とは言えないんだ……それじゃあ、喧嘩していた意味が無くなるから……。せめて、怒ってた理由か観覧車に乗れた理由。そのどちらかだけでも解決したい。
「分かった……だから手、離して?」
言われてやっと、咲紀さんの手首を自分でも驚くくらいに掴んでいた事に気付く。
慌てて手を離して「ごめんなさい!」と一言。すると咲紀さんは、少しだけ唇を尖らせて、俺に背中を向けた。
「だって……怖いって気持ちはあったけど……でも……」
何だかもごもごと口の中で呟いているが……。
「咲紀さん?」
――と、そう声をかけると、咲紀さんはクルッとこちらに向き直り、吹っ切れたように叫んだ。
「だっ、だから! ああああの時は圭君に大好きとか言ったりキスとかしちゃうの考えてたら頭の中が真っ白に――ってそこまで言わせないでよ!!!」
一息で言い終えた咲紀さんは、最後に「圭君のばか!」とだけ言って、商店街方面へ歩いて行った。
「馬鹿……か」
いつもならただの暴言に聞こえるその言葉が、今日だけは「仲直りの言葉」に聞こえた……のは、俺の勘違いだろうか?




