十二月二日――――朝~登校中~
咲紀さんが謎の怒りを見せた次の日の朝、今日はいつものように隣を歩くのは咲紀さんだ。……が、やっぱりどこか怒っているように見える。
――結局、昨日はあれから一度も口を利いてもらえなかったし、こちらを見る事も無かった。
それは下校中も、家にいる時も。はっきり言って俺には咲紀さんの怒る理由が分からない。……何かしたかな。
「――ぱり、本人――確か――たら?」
「でも――この中――が圭兎――んだ?」
「私が――てみま――か?」
そして、前方では飛鳥さん・稟香・千春のひそひそ話が途切れ途切れで聞こえて来る。しかも今日は俺の名前まで。
……こうなるとこっちも平静は保てない。だって自分の名前が明らかに聞こえたんだ、気にするなって言う方が無理あるだろう?
――だが。
今はまず、咲紀さんの問題の方から解決しよう。『内緒話』の方は咲紀さんも関わっているようだし……。
「あの、咲紀さん」
「……何」
不機嫌オーラ全開の咲紀さんに、俺は単刀直入に「どうして怒ってるんですか?」と訊いてしまった。
後になって考えてみれば、もう少し優しい訊き方があったかもしれない。「怒ってる」なんて言わずに「何かあったんですか?」とでも訊けば良かった。
――けど、俺の頭はそんな事を考えていられる程、冷静じゃなかった。
「……別に、怒ってないけど」
「怒ってないって……」
こちらに目もくれず言う咲紀さんに、何だか無性に腹が立った。こんな態度を取られれば、怒っている事なんて一目瞭然。それなのに「怒ってない」……?
「どっからどう見ても怒ってるじゃないですか」
心では「そんなに強く言わなくても」と思っている自分がいるが、どうしても語調が強くなってしまう。
「圭君には分からないよ……」
――その一言で、俺の中の何かが切れた。
「分からないって、言わなきゃ伝わらない事だってあるんじゃないんですか」
「違うよ……! 言っても分からない……圭君には、伝わらないから……」
「そんな事決め付けるのはおかしいでしょ……!」
――止めろ。
「分からないんだから言っても言わなくても同じでしょっ!」
――違う。
「だからっ……! 決め付けるなって言ってるんですよ!」
――俺は……喧嘩がしたい訳じゃない。
「何よ……! 圭君は私の気持ちなんてどうでも良いんでしょ!!」
――なのにどうして……。
咲紀さんはじわっと目尻に浮かんだ涙を、制服の袖で拭き取ってから俺を睨み付けた。
気づけば、お互いに足を止めて向き合っている構図。普段の可愛らしい笑顔とは裏腹に、今目の前にいるのは怒りに震えている咲紀さん。
――くそっ……! 俺はこんな事……したくないんだ……。止まれ……止まれっ!
「どうでも良い訳無いじゃないですか」
心の自分はそう言っているが、どうにも止まれない……。今の俺はまるで、ブレーキを失くした車みたいで。
その姿はあまりにも――笑えた。
「嘘つき! 嘘つき嘘つき嘘つき……!」
「さ、咲紀さん……?」
悔しそうに涙を流して地団太を踏む咲紀さんを見ているのは、辛かった。俺が強く言ってしまった事で、咲紀さんにも火がついてしまい……。
でも、俺にも俺の言い分がある。意味も分からずに腹を立てられて、それを笑って見逃せる程――俺は大人じゃない。
理由があるのなら聞きたい。そして………………仲直りをしたい。
――だって、こんな結果は誰も望んでいないんだから。
「嘘つき! 私の事なんて……どうせただのロボットだとでも思ってるんでしょっ!」
――どこを踏み外してしまったのだろう? 俺達がすれ違ってしまったのは……どこだ?
「何言って――」
「じゃあ!!!」
何言ってるんですか? と訊こうとして、咲紀さんに遮られた。その目には怒りを通り越した何かが写っている。
「じゃあどうして閉所恐怖症の私がっ! 観覧車に乗れたか分かるの!? どうしてっ……! どうしてか……分からないでしょ!!!」
「――へっ?」
言い切った咲紀さんは、そのまま学校の方へと駆け出した。
「観覧……車……?」
――――確かに、言われてみれば矛盾している。
閉所恐怖症の咲紀さんが、密室である観覧車なんてものに乗れた訳が。
あの時、咲紀さんは自分から「乗りたい」と言って誘って来たのだ。それも、二回。
じゃあどうしてだ?
どうして咲紀さんは――観覧車に乗れた?
恐怖症が嘘だったなんて事は無いだろう。けど……それじゃあ話がおかしい。どうして……。
――咲紀さんが立っていた足元には、涙で濡れたアスファルトが寂しげで。じわりと広がっているその跡は、まるで俺達の仲に入った亀裂みたいだった。




