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七月八日――――夜~歩道・家~

〈――――Keito Side――――〉

 咲紀さんに置いて行かれる形になった俺は、とりあえず咲紀さんの背中を見送っていた。その小さな背中は一度も振り返る事無く、闇夜へ。


「……どうする?」


 あの思い詰めたような顔を見る限り、咲紀さんにとっては大切な事なんだろう。けど、あの物言いは「先に帰ってて」という事だろうとも思う。

 取り残された俺に残った選択肢は二つ。


 ①追いかける。

 ②帰る。


 ――ここで少しの間だけ待つ、という選択肢も無いではないが……。でもこの二つだろう。


『……みんなにごめんなさいって伝えておいて』


 そういえば伝言を頼まれてたんだよな。家は目と鼻の先だし、まずは伝えに行くか……? いやでもこんな夜遅い時間に一人で歩かせるのも物騒だ。


「あぁもう!」


 どうして俺はこういう時の判断が素早く出来ないんだ……!

 ――家と、咲紀さんが歩いて行った方向を見比べる。咲紀さんに何も無い事を祈るか……それとも伝言の内容が急用じゃない事を祈るか。


「っ――!」


 ――結局、咲紀さんが消えて行った方向に向かって走り出した。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はぁ……はぁ……」


 俺は随分とウジウジしていたらしく、すぐに追いかけたつもりだったのに、その姿は見えない。どうやら数十分はあの場にいたようだ。


「どこ行った……?」


 道は当然のようにして別れている。咲紀さんはその中のどの道を選んだのか……検討も点かない。

 どこか……行きそうな場所は無いか?


 ――公園?


 いや……正確にはもう平地と化してしまったが。

 咲紀さんが、もしもあの時、俺を突き飛ばした事を悔やんでいるのなら……向かうかもしれない。それが無意識の内だとしても。

 行ってみる価値は――在る。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




「っ――やめて!」




 ――前方からそんな声が聞こえて来たのは、再び走り出してから十数分が経った頃だった。

 何度聞いても、すぐに聞きたくなる優しい声。暗闇で何をしているのかは見えないが――でも声の主が咲紀さんだという事は見なくても分かった。



「いたた……」


「わ、私に……触らないで下さい……」


「はぁ……君さぁー、上玉ぶってるけど――何なの?」


「……けて」


「は?」



 あの声は……錦乃先輩? どうしてこんなところに……って、今はそんな事は問題じゃない。


「咲紀さん!」


 声の聞こえた方へ足を繰り出す。俺の声に反応した人影が二つ、こちらを見ている。


「圭君――!」


 そして一つの影が――咲紀さんが――力強く駆け寄って来て、その勢いのまま抱きついて来た。


「おっと……」


 しっかりと両腕で受け止めると……無性に安心した。もう離したくない――ずっと傍にいてもらいたい。


「圭君……!」


 俺の胸ポケットにぎゅっとしがみついたままの咲紀さんが、怯えたような顔で見上げて来る。



「また君かぁ……」



 ――そして、前方からは明らかに怒気の篭っている声が。さ、咲紀さんは何をしたんだ……? 錦乃先輩って温厚そうなイメージがあったんだけど……。


「咲紀さん? 大丈夫ですか?」


「……うん」


「ねぇー、無視しないでくれる?」


 俺と咲紀さんが勝手に話し始めたからか、錦乃先輩はつまらなさそうにしている。


「またあなたですか……」


 つい今しがた、同じような事を言われたが……実際、この台詞はこちら側のものだろう。


「はぁ……。あのねぇ一年、少しは『縦関係』っていうものを勉強し――」


「――咲紀さん、帰りましょうか」


 正直言って、この先輩との口論は無意味すぎる。しかも、口を利けば利く程に自分の中の何かが惑わされる。


「――うん」


 それを十分理解した咲紀さんも「帰る」と頷いた。


「おいおい君達さぁー、ちょっとおかしいんじゃ――」



「――あっ、そうだ咲紀さん」



「……なぁに?」


 錦乃先輩に対して、徹底的な無視を決め込んだ俺は、躊躇ちゅうちょ無く言葉を遮る。

 人の話は最後まで聞きなさい……なんて小学校で習ったけど、例外はあるはずだ。


「二回目になっちゃうんですけどね……」


 抱き締めたままだった咲紀さんを一旦離して、肩に手を置く。と――今度は、飛び上がる事も無かった。


「――お誕生日、おめでとうございます」


 錦乃先輩の眼前でキスをしても――拒まれる事は無かった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 あれから――。

 錦乃先輩は何を言う事も無く、悔しげな表情で俺達の前から走り去って行った。それを見て、俺と咲紀さんは少しだけ恥ずかしげに笑って。

 そして、手を繋いで家に帰った途端に咲紀さんは千春に抱きつき、「ごめんね」と何度も謝っていた。


 少しだけ時間が遅くなった咲紀さんの誕生日パーティー。俺が用意したのは、手の平サイズのハート型クッキー。


 ……まぁ、俺がこの家に着て初めて食べた咲紀さん手料理っていうのが、それだったから。


 いろいろとトラブルはあったけど……咲紀さんの誕生日は最高の形になったのでは? と思ったり。


 ――少なくとも、パーティーが終わった後に見れた咲紀さんの笑顔を見る限りでは、大成功だった。

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