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七月八日――――夜~歩道~

〈――――Saki Side――――〉

 私って本当にありえない……。どうしてあんな事しちゃったんだろう。

 先程の事を思い出すだけで、今すぐここから逃げ出したかった。いつも「大好き」だなんて言っておいて、私はその大好きな人を突き飛ばしたんだから。


 ――怖かった。


 自分でもよく分からないけど……キスされるのが怖かった。自分からあんな事しておいて、それは随分と酷い話だって分かってる……けど。

 千春が「独り占めすんな」って叫んだ時、私だってそう思ってしまったから。それなのにキスするのは――矛盾してる。


「咲紀さん、落ち着きましたか?」


 心配をかけさせている。頭では理解してるのに「大丈夫」の一言がどうしても出て来ない。そんな自分に、不甲斐無さを感じた。


「圭君……っ……」


「はい?」


「……みんなにごめんなさいって伝えておいて」


 ――そうとだけ言い残して、私は家とは逆方向にトボトボと歩き始めた。

 今帰ってしまったら、きっと私は罪悪感に押し潰される。みんなの顔を直視出来ない。


「あ、ちょっ――咲紀さん!?」


 後ろから聞こえる声には振り返らず、ただ足を動かした。


「少しだけ……頭を冷やしてから帰ろ」


 壊れたロボットのように動く足。だけど私には壊れたロボットには無い『悲しみ』や『痛み』を持っていた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はぁ……」


 家から遠ざかり始めて、数十分が経過した。圭君は私の気持ちを察して……くれたのか、追っては来ない。


 ――来てくれると思ってた?


 やっぱり私は矛盾してる。「先に帰ってて」と言ったようなものなのに、心のどこかでは追いかけてくれる事を望んでいる、だなんて。


 ――期待なんてしちゃダメ。


 圭君は私だけの圭君じゃないんだから。


 ――じゃあどうしてキスなんてしようとしたの?


 それは……。


 自問自答をしていると、段々と心にどんよりしたものが生まれた。自己嫌悪なんてしょっちゅうしてる事だけど……今回は酷いかも。

 どうして私っていつもいつ――



「――あれー? 君、さっきの可愛い子じゃない?」



 急に背後から聞こえて来た声に、心臓が飛び出そうになった。この声に、聞き覚えがある。しかも放課後に聞いたあの声。

 振り向かなくても……錦乃先輩だと分かった。


「こ、こんばんは」


 でもそういう訳には行かず……。すぐに話を終わらせれば大丈夫、そう自分を言い聞かせて、振り返った。

 幸い、錦乃先輩は一人。……玄関で話かけられた時、実は私を囲んでた先輩が怖かったんだよね……。


「何してるのー?」


「い、今から家に帰ろうとしてたんです」


「へぇー」


 先輩が何か言う前に「さようなら」と言ってしまおう――そう思って口を開く。


「さよ――」


「――俺さー今、暇なんだよねー。ちょっとで良いから一緒に遊ばない?」


「っ――!」


 言いながら近付いて来る先輩が、私の肩に手を置いた。――先程の圭君みたいに。


 私の名前を優しく呼ぶ圭君の声が、顔が、体温が……その全部がこの先輩と重なった。本当は声だって顔だって体温だって全く違うはずなのに。


 一種の『感覚麻痺』のようにして、私は目の前の先輩が、圭君に見えてしまった。


「ねぇー、聞いてる?」


 誰か分からない……。頭が混乱している。錦乃先輩なのか、圭君なのか……そんな簡単な問題にでさえ、頭を捻らなければいけなかった。


「大丈夫?」


 ――そう言って、目の前のこの人は私をそっと抱き締めた。




「っ――やめて!」




 ドンッ! と『先輩』の肩を押し飛ばす。


 ――私は馬鹿なの? こんな人が圭君のはず無いじゃない。


「いたた……」


 錦乃先輩は転んだ拍子についた手をさすっている。


 ――圭君なんかじゃない。


 抱き締められて分かるっていうのも結構な話だけど……でも、分かった。この人はどこか荒々しさを感じる。抱き締めるという動作一つを取っただけで。


「わ、私に……触らないで下さい……」


 震える声で訴えた。怖いけど……でも言わなきゃいけない事だから。


「はぁ……君さぁー、上玉ぶってるけど――」


 錦の先輩はパンパンとズボンに付着した砂を払いながら立ち上がる。そして次に顔を上げた時に見せたのは――、


「――何なの?」


 ――酷く鋭い目つきに、低い声。男性にしか出せない……女性の恐怖心をあおる、低音。

 それはやっぱり私の心にも恐怖を植え付けた。


「……けて」


「は?」



 ――助けてよ……圭君。




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