七月八日――――夜~公園~②
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今思えば、二年前の俺は相当感情的だったのかもしれない。後先考えないで行動ばかりして……。
「――あの時は驚いたなぁ~、いきなり声かけられたんだもん。変な人かと思っちゃったんだよ?」
「……返す言葉も無いです」
確かに……少し離れたところから声をかけたならまだしも、結構な至近距離から声をかけたからな。
まぁ……あの時の俺は、それくらい真っ直ぐだったんだろう。
「でも、凄く嬉しかったよ?」
そう言って咲紀さんは、あの――俺の大好きな――可愛い笑顔をしてくれた。あの時みたいに――。
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――夕暮れ前の空を見上げて二人、特に会話も無いままの時間を過ごす。
咲紀さんの隣に座っていられる……そう思うだけで凄く幸せだった。それにこの時間がいつまでも続いてほしかったから、何も言わなかった。
何かを言ってしまえば話は進み、次第に「帰ろう」という事になってしまうから。……玄一さんのいるあの家には帰りたくなかったし。
「もしも――」
だが、静寂を打ち破ったのは咲紀さんの方で。俺の気分は……結構沈んだ。
「――圭君の好きな人が落ち込んでたら……圭君ならどうする?」
好きな人が落ち込んでたら……どうするかって?
「な、どうしてですか?」
疑問に思った俺がそう訊ねると、咲紀さんは恥ずかしそうに頬を染めて。
「えへへ……」
「っ――!?」
――はにかんだ。
それはもう目を疑うくらいに柔らかくて、温かくて。……そうだ、俺はこの笑顔が好きだったんだ。
いつもの可愛らしい笑顔と同じくらいにこのはにかみ顔が好きだった。
困り笑顔とも取れる、曖昧な微笑み。記憶に在る中で……こういう顔をする時は、決まって何か悩んでいる時だった。
つまり……今もきっと、悩みを抱えているんだ。
「ううん、圭君ならどうするかなぁ~って。ちょっと気になっただけっ」
タンッとベンチから飛び降りて、咲紀さんは公園の中央まで歩いた。それに倣って俺も咲紀さんの隣まで行く。
夕焼けが目に沁み、少しだけ痛みのようなものを感じたが、それ以上に幸福感が勝っている。
「俺なら――」「私なら――」
咲紀さんの力になれるなら、と思って開いた口が重なって、何とも気まずい空気になってしまった。
「………………」
「………………」
こうなると、相手が先に言ってくれるのを待つっていうのが人間の性ってもんで……。
「咲紀さん――」「圭君――」
……また被ってしまった。その事がおかしくって、二人で顔を見合わせて大笑いした。ここまで息ピッタリなのは初めてで、新鮮な感覚がして。
「ふふっ……あのね圭君――」
――ひとしきり笑った後、咲紀さんはいきなり今日あった事を話してくれた。どうやら、委員会の仕事を満足に行えなかったという。
中学三年生で後輩の手本とならなければいけない立場なのに、失敗してしまった事を悔やんでいるらしい。
「はぁ……弱いね、私って……」
話し終わった後の咲紀さんの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「――そ、そんな事無いですよ!」
また泣く。そんな顔は見たくない。――笑っていてもらいたい。
「咲紀さんは弱くなんてない! 俺はいつも咲紀さんに助けられてるんですよ……? 黙って傍にいて、俺に話しかけてくれて……。俺は何も出来ないのに、咲紀さんは――」
自分の気持ちを吐き出しながら地団太を踏んだ。
咲紀さんは後輩の事を考えて落ち込んでいたのに、俺は……。俺はちょっとした衝突で、自分の為だけにここまで来た。
「――圭君、落ち着いて?」
あまりにも身勝手に振る舞っている自分が小さ過ぎて笑いそうになった俺の手を、咲紀さんがそっと握った。
小さいながらも温もりが在るその手に、心まで温かくなった。
「大丈夫っ、私が圭君の事、見てるから――」
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二年前の出来事が昨日の事のように思えて来て、少しだけ可笑しかった。
「何で笑ってるの?」
「いえ……何でも無いんです」
あの時、咲紀さんは俺に「圭君の事、見てるから」と言ってくれた。それはどういう事か?
ずっと近くにいてくれる。そういう事じゃないのか?
「咲紀さん――」
橋﨑家に着てからの三年間、俺も咲紀さんの傍にいた。
少なくとも、学校の連中よりは咲紀さんの事を分かっているつもりだ。――だから、俺は咲紀さんが今望んでいる事を知っている。
「お誕生日おめでとうございます」
「――――」
好きな人に初めに祝ってもらいたかった。って、顔にそう書いてあったから。……そして、この後の咲紀さんの行動も目に見える。
「――ありがとう」
――やっぱり、くしゃっと笑うこの可愛い笑顔を……また見せてくれた。




