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七月八日――――夜~公園~①

「――ここです」


 再び歩き始めて十数分、ようやく目的地に着いた。

 そこは昼夜関係無しに人気ひとけが少なく、怖いくらいに静かな場所。――だけど、俺と咲紀さんにとっては思いが(つの)る特別で大切な場所。


「やっぱり……」


 だから咲紀さんも徐々に気付き始めていたのか。数分前から妙に落ち着きが無かった。


「でも、もう無くなっちゃいましたね」


「……うん」


 目の前に広がる平地を見て、そう呟く。二年前に来た時は確かに在った物が、たったの二年で無くなってしまうのか。……そう思うと寂しさを感じたり。

 あれは二年前の事――。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「はぁっ……はぁっ……」


 八月の太陽を真正面から浴びて、俺はひたすら走っていた。目的地も意味も無く、がむしゃらになっていた。


「くそっ……!」


 その日は学校から帰ってすぐに、ちょっとした事で玄一さんと衝突してしまったんだ。それで嫌気が差して、家を飛び出して。

 知らない道を走って走って――少しでも気を紛らわせたかった。


「くっそぉ……!」


 新たな生活が始まって一年が経ち、ほんの少しずつ馴染んで来た矢先の事だったから、余計に苛々した。


「ふざけんなふざけんなふざけんな……!」


 不満を口にしながら走って辿り着いた先が――見た事も聞いた事も無かった公園だった。


「はぁ……はぁ……」


 普通の公園の三倍は在るだろう広さを誇るそこには、既に先客がいて。


「あれって――」


 俺が橋﨑家に来てから、夜になったら黙って俺の傍にいてくれていた、咲紀さんその人だった。ここからだと後ろ姿しか見えないけど分かった。見間違えもしない――、


 ――俺の初恋の人。


 反射的に胸が高鳴った。頭に沸々と沸いていた怒りが、そ知らぬ顔で外に逃げ出して行く。

 好きな人っていうのが、自分の中で偉大な存在なんだって事が身に沁みた。


「はぁ……」


 でもそこにいたのは、どこか寂しそうな雰囲気を(かも)し出している咲紀さんだった。後ろ姿を見ただけでも、いつもと違う様子なのが分かった。

 悩み事でも……あるのだろうか? もしもそうだとしたら力になりたい。


「――咲紀さん」


 この時の俺は実に単純そのもので、後ろから声をかけたら驚くんじゃ? とか、そんな事は全く気にしていなかった。


「――!? け、圭君っ?」


 きっといつもの笑顔を見せてくれる。……そう思っていたのに。


「な、何で……?」


 振り返ったのは、俺の大好きな可愛い笑顔じゃなくて、その時初めて見た――泣き顔。

 胸がキュウッと締め付けられた。


「圭君、どうしてここに?」


 瞳から零れ落ちた涙を人差し指で拭った咲紀さんが、不思議そうな顔をしてそう訊いて来る。……けど、俺にはこの涙の方が気になって仕方無かった。


「俺は……別に。それより! 何で泣いてるんですか……?」


 訊いてしまうのは無粋なんじゃ、とも思った。


「ふふっ……見られちゃったかぁ……」


 ――でも咲紀さんがして見せたのは、俺が望んでいた柔らかな笑みではなくて……。


 泣き笑いの表情が、俺の胸にグサッと刺さった。


「学校でちょっと失敗しちゃってね、一人反省会……ってところかな?」


 慰めたかった。「失敗は成功の元です」って言ってあげたかった。それなのに、たったの数秒前に見た泣き笑いが妙に頭から離れなくて。


「へっ?」


 ――自分でも分からない内に、咲紀さんの頭に手を乗せていた。


「あっ……ご、ごめんなさい」


 でも不思議と「悪い事をした」という感覚は無くて。


「圭君……?」


 そんな俺を、咲紀さんは瞬きを繰り返しながら見上げるばかり。

 我ながら、何て馬鹿みたいな事をしたのだろうと、笑い飛ばしたくなる。


「咲紀さんは――泣かないで下さい」


 泣いてほしくなかった。自分の好きな人には。やっぱり咲紀さんには――




「――うん、ありがとう」




 ――こうして見せてくれる、無邪気な笑顔が一番似合ってる。

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