七月八日――――夜~公園~①
「――ここです」
再び歩き始めて十数分、ようやく目的地に着いた。
そこは昼夜関係無しに人気が少なく、怖いくらいに静かな場所。――だけど、俺と咲紀さんにとっては思いが募る特別で大切な場所。
「やっぱり……」
だから咲紀さんも徐々に気付き始めていたのか。数分前から妙に落ち着きが無かった。
「でも、もう無くなっちゃいましたね」
「……うん」
目の前に広がる平地を見て、そう呟く。二年前に来た時は確かに在った物が、たったの二年で無くなってしまうのか。……そう思うと寂しさを感じたり。
あれは二年前の事――。
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「はぁっ……はぁっ……」
八月の太陽を真正面から浴びて、俺はひたすら走っていた。目的地も意味も無く、がむしゃらになっていた。
「くそっ……!」
その日は学校から帰ってすぐに、ちょっとした事で玄一さんと衝突してしまったんだ。それで嫌気が差して、家を飛び出して。
知らない道を走って走って――少しでも気を紛らわせたかった。
「くっそぉ……!」
新たな生活が始まって一年が経ち、ほんの少しずつ馴染んで来た矢先の事だったから、余計に苛々した。
「ふざけんなふざけんなふざけんな……!」
不満を口にしながら走って辿り着いた先が――見た事も聞いた事も無かった公園だった。
「はぁ……はぁ……」
普通の公園の三倍は在るだろう広さを誇るそこには、既に先客がいて。
「あれって――」
俺が橋﨑家に来てから、夜になったら黙って俺の傍にいてくれていた、咲紀さんその人だった。ここからだと後ろ姿しか見えないけど分かった。見間違えもしない――、
――俺の初恋の人。
反射的に胸が高鳴った。頭に沸々と沸いていた怒りが、そ知らぬ顔で外に逃げ出して行く。
好きな人っていうのが、自分の中で偉大な存在なんだって事が身に沁みた。
「はぁ……」
でもそこにいたのは、どこか寂しそうな雰囲気を醸し出している咲紀さんだった。後ろ姿を見ただけでも、いつもと違う様子なのが分かった。
悩み事でも……あるのだろうか? もしもそうだとしたら力になりたい。
「――咲紀さん」
この時の俺は実に単純そのもので、後ろから声をかけたら驚くんじゃ? とか、そんな事は全く気にしていなかった。
「――!? け、圭君っ?」
きっといつもの笑顔を見せてくれる。……そう思っていたのに。
「な、何で……?」
振り返ったのは、俺の大好きな可愛い笑顔じゃなくて、その時初めて見た――泣き顔。
胸がキュウッと締め付けられた。
「圭君、どうしてここに?」
瞳から零れ落ちた涙を人差し指で拭った咲紀さんが、不思議そうな顔をしてそう訊いて来る。……けど、俺にはこの涙の方が気になって仕方無かった。
「俺は……別に。それより! 何で泣いてるんですか……?」
訊いてしまうのは無粋なんじゃ、とも思った。
「ふふっ……見られちゃったかぁ……」
――でも咲紀さんがして見せたのは、俺が望んでいた柔らかな笑みではなくて……。
泣き笑いの表情が、俺の胸にグサッと刺さった。
「学校でちょっと失敗しちゃってね、一人反省会……ってところかな?」
慰めたかった。「失敗は成功の元です」って言ってあげたかった。それなのに、たったの数秒前に見た泣き笑いが妙に頭から離れなくて。
「へっ?」
――自分でも分からない内に、咲紀さんの頭に手を乗せていた。
「あっ……ご、ごめんなさい」
でも不思議と「悪い事をした」という感覚は無くて。
「圭君……?」
そんな俺を、咲紀さんは瞬きを繰り返しながら見上げるばかり。
我ながら、何て馬鹿みたいな事をしたのだろうと、笑い飛ばしたくなる。
「咲紀さんは――泣かないで下さい」
泣いてほしくなかった。自分の好きな人には。やっぱり咲紀さんには――
「――うん、ありがとう」
――こうして見せてくれる、無邪気な笑顔が一番似合ってる。




