七月八日――――放課後~玄関~
一日の授業が全て終了し、あっという間に放課後はやって来た。
掃除当番だった俺は、出来る限りテキパキと掃除を進めて玄関までの道のりを急いだ。
「……ん?」
教室から急ぎ足で玄関まで来た俺の目に飛び込んで来たのは、小さな人だかりだった。二人の生徒を囲むようにして出来ているそれ。
頭と頭の間から見える中の様子に、驚きを隠せなかった。
「さ、咲紀さん?」
人垣の中心にいたのは、咲紀さんその人だ。困ったような表情を浮かべて――怯えているようにも見える。
「君ぃ二年の子だよね? 俺さぁー今、彼女いないんだよねー」
「は、はぁ」
同時に、中からの会話に我が耳を疑った。校内でナンパもどき?
咲紀さんは優しい人だから、こういう事をされても頭ごなしに「嫌」とは言えない性格だ。
だから相手の話を聞いてしまう。たとえそれがどんな内容だったとしても。
「んでさぁー君、可愛いから俺の彼女になってくんない?」
――だからこそ、こういう人は嫌いなんだと、前に聞いた事がある。
人を見た目で判断するのはおかしい、と。
「あの……結構です」
咲紀さんの消え入りそうな声に反応した野次馬が大声で、
「ははっ! 秀と付き合えるだなんて、結構良い提案ですね、だとよ!」
「えっ? ちが――」
「そっかぁ、俺と付き合えて嬉しいかー。やっぱり君、可愛いねぇー」
……よくよく見ると、中心にいる男を含める全員が三年の先輩だった。
良いように――わざと――誤解した男の声に咲紀さんが反応するも、すぐにシュウと呼ばれた男に遮られた。
錦乃秀――俺はその名前を知っていた。校内でも有名な『女たらし』だ。良いと思った女子には構わずに声をかけ、付き合った女子は数え切れないと言う。
あの人……前に一度、稟香も声をかけて一刀両断されていたけど……懲りて……る訳無いか。
「それじゃー一緒に帰ろうか」
にやにやとイヤラシイ笑みを浮かべて、錦乃先輩が咲紀さんに手を伸ばした――その瞬間、頭に一つの意志が浮かんだ。
「――咲紀さんに触るな」
気付けば、人垣を掻き分けて円の中心に来て、そう言っていた。
「けっ、圭君?」
「ん? 君……一年の子かな?」
当たり障り無い錦乃先輩を睨みつけ、咲紀さんに触れそうになっていた手を払い退けた。
「痛いなぁー。ねぇ咲紀ちゃん、こんな奴は良いから俺と遊び行こうよ?」
俺の存在を無視して、錦乃先輩は咲紀さんに話し掛ける。周りの野次馬も俺を見て「何だコイツ?」や「白馬の王子様みたぁ~い」と囃し立てている。
「咲紀さん、行きましょう」
咲紀さんの手をしっかりと握って、無理矢理連れ出そうとする俺の肩を錦乃先輩がガッシリと掴んだ。
「ねぇ一年? 俺も手荒な真似はしたくないんだよねぇ……。その手、どけてくんない?」
「嫌です」
「君さぁ、誰?」
あまりにも直球すぎる質問に、一瞬迷った。何と答えるか……ではなくて、俺と咲紀さんが姉弟だと知らないという事に対して。
「咲紀さんの弟ですけど」
「ふぅん。じゃあ弟君、俺さぁー君のお姉さんと遊びに行きたいんだよねぇ。どいてくれる? 邪魔だ」
錦乃先輩の顔に張り付いていた笑顔が、一気に剥がれ落ちた。人が変わったようにして俺の肩をあらん限りの力で掴んでいる。
――ぎゅっ。
不意に、咲紀さんの手を握っていた右手に優しくて暖かい温もりが伝わって来た。顔だけで振り返り、咲紀さんの顔を確認した。
『助けて』
……とでも書いてあるかのように不安そうで。
――俺に助けを求めてくれている。
そう思っただけで自分の中に、何かが沸き起こった。
「離してくれませんか、先輩――」
「だからぁ、それは俺の台詞なんだよねぇー」
食い下がって来る先輩の手を振り払って、ドヤ顔で言ってやった。
「――これから咲紀さんとデートなんで」




