七月八日――――朝
稟香の誕生日から四日が経ち……各々、自分の気持ちに整理をつけ始め。俺もなるべく自分の気持ちに素直になろうと、この四日間は頑張った。
そして今日――七月八日、水曜日。
昨日の真夜中から、台所でこっそりと夜に向けての作業を進めていた俺は、姉達が起きて来る前に再びベッドに潜り込んだ。すぐに誰かが起こしに来るのは分かっているが……怪しまれない為には必要な事だ。
コンコンッ。
扉がノックされたのは、部屋に戻って来てすぐの事だった。ほとんど一睡もしていないようなものではあったが、起きない訳にもいかない。
「圭君起きてる?」
うっ……。今日は咲紀さんが起こしに来た……。咲紀さんって意外と鋭いからこういう時――特に今日は夜まで会話は控えたかった。
「はい、今行きます」
自分の意思とは裏腹に、閉じようとする瞼。……手の平で目を擦ってからベッドを降りた。
ガチャ――。
「おぉっと……!」
もうすっかり下に行ったもんだとばかり思っていたから、油断していた。扉を全開にしたら確実に顔を強打していたであろう位置に、咲紀さんが立っている。
「ど、どうか……しましたか?」
咲紀さんは俯きながらもじもじとしている。
「えっと……き、今日って何日だっけ?」
「今日? 八日ですけど……」
「そ、そうだよね! 八日か……八日……八日ー」
七月八日。今日は稟香と四日違いの、咲紀さんの誕生日。
その為に俺も真夜中からいろいろと準備をしていた訳で……。
「どうかしたんですか?」
……でもだからと言って、ここで先に祝ってしまうのは良いのだろうか。咲紀さんは結構な心配性だから、俺が気付いてないんじゃ? と思っているかもしれない。
いや……多分思ってる。
「な、何でも無いよぅ……」
そして咲紀さんは、あからさまに落ち込んだ様子で階段を下りて行った。
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「…………」
登校中も、咲紀さんは隣でずっと黙っていた。それが居心地悪くて……でも話し掛けるのは何だか地雷のような気もして。
「はぁ……」
こんなにも近くにいるのに、聞こえた溜め息はギリギリ耳に入って来た。その小さな吐息とも取れる溜め息に、頭も心も混乱して。
もう話し掛けるしか無かった。
「あの……何かお勧めの本とかってありませんか?
話を振るにしては唐突だけど、話題の広がりには期待出来る。
「へ? ほ、本?」
……だが、相手が混乱に陥る事は回避出来ない。とは言っても、他に妙案が思いついている訳でもないので続ける事にした。
「最近、読む本が無くなっちゃって。何でも良いんですけど……」
「……『十七回目のバースデイ』かな」
な……何だと……。そんなにもピンポイントな本が在ったのか……。これは墓穴を掘ったかもしれない。
「へえ……今度読んでみますね」
「うん」
先程に比べて、より一層空気が重たくなった気がする。……あぁもう! ――自分の中で何かが吹っ切れて、気が付いたら口を開いていた。
「咲紀さん、今日の帰り――どこか寄りましょうか」
前祝い……って訳では無いけど、咲紀さんの好きなところに行こう。咲紀さんの笑顔を見たい、俺自身に正直になって。




