七月三日――――夜~リビング~
〈――――Keito Side――――〉
稟香からの応援を受け取った俺は、最後に飛鳥さんと話をする為、再び一階へ。
リビングに通じる扉を開くと、テラスに咲紀さんの姿は無く、代わりに飛鳥さんがソファに座っていた。
「飛鳥さん、ちょっと良いですか?」
正面のソファに浅く腰かけ、返事を待つ。
玄一さんが家を出て行ってからの毎日は、いつも飛鳥さんが俺達の事を支えてくれていた。
俺達を引っ張ってくれていた。……優しくて家族想いで……でもたまに抜けてるところがあって。
この家で、一番頼りにされていたのは飛鳥さんなんじゃないだろうか。
「何か話があるのか?」
慈愛に満ちた眼差しでそう促す飛鳥さんを見ていたら、不思議と安堵の溜め息を吐いていた。
飛鳥さんの周りにはいつも誰かがいた。学校でも家でも――どこにいても誰かがいた。
俺は三年前、そんな飛鳥さんが羨ましくて……同時に恨めしかった。
「俺……この家に来たばかりの頃、飛鳥さんが嫌いだったんです」
――この告白は一生したくなかった。出来る事ならば墓場まで持って行きたかった秘密だ。
「そう……だったのか」
「俺はいつも一人で、飛鳥さんはいつも誰かといて……それが羨ましくて嫌だったんです。
新しい環境に慣れない俺は立ち止まったままなのに、飛鳥さんや『ここの人達』はずっと前にいて……。
って……ただの嫉妬なんですけどね……」
飛鳥さんは黙って俺の話を聞いてくれていた。だからこそこんな事が言える。
自分の嫉妬心を露わに出来る。
「でも、分かったんです――」
あの日……トラックの運転手が暴走をしたあの時、話しかけて来たのは飛鳥さんだった。俺じゃなかった。
「――飛鳥さんがいつも誰かと一緒にいるのは、飛鳥さんの『誰にでも積極的に話そうとする気持ち』がそうさせていたんだなって」
誰しも、自分から一歩を踏み出さなければ変わらないし、変われない。周りが来てくれるのを待つだけは、駄目なんだ。
飛鳥さんはそれに気付いた。だから俺に話しかけてくれたんじゃないか?
「圭兎……」
「飛鳥さんは……それを俺に教えてくれた」
だから俺は変われた。あの日の飛鳥さんが手を差し伸べてくれた……救ってくれたから。
「俺、ずっと飛鳥さんに憧れてました。何でも出来て強くて優しくて、負けず嫌いで強情なところもあって……それでいてたまに見せる一面が凄く可愛くて。
……羨ましかった……飛鳥さんは人気者だから、俺なんかが近付いて良いかも分からなかった」
辛かった――。
――こんなにも眩しい人を近くで見ているのが。
――一緒に生活をする上で、飛鳥さんの良い一面を知って行くのが。
――自分の弱い一面ばかり、映し出されてしまうのが。
「……アタシは何でもは出来ないよ」
「俺には出来なかった事が……飛鳥さんには何でも出来たんですよ……」
勉強も運動も、気配りも――人付き合いも。
「アタシは今の圭兎の方が羨ましい。アタシには出来ない事がちゃんと出来てるからな」
「俺こそ何も――」
何も出来ません、と言おうとした俺の言葉を「違うよ」と飛鳥さんが遮った。
ポリポリと頬を掻いて頬を染めている……そんな珍しい仕草が凄く、印象に残った。
「アタシは――」
飛鳥さんは一瞬目を逸らして、恥ずかしそうにはにかみ、一度照れ隠しの咳払いをして。
「――恋愛はどうも苦手で」
そう言ってまた、恥ずかしそうに笑みを浮かべた。




