七月三日――――夜~テラス~
一人取り残されたリビングの、ソファに横たわる。
あれからというものの……千春はリビングを飛び出し、飛鳥さんは複雑な表情のままお風呂へ。咲紀さんは一言「私のばか……」と呟いてテラスへ。今日の主役のはずだった稟香は何も言わずに自室へ戻った。
ザパァ――ン。
風呂場から聞こえて来る小さな波の音を耳に、思い耽る。
千春が言っていた「好き」っていうのが恋愛感情なんだっていう事は、三人の姉を通じて感じ取れるようになった。
でも……だからと言って整理がつく訳じゃない。
「頭痛い……」
本当に頭痛が襲って来た。もう現状も、自分の気持ちも……整理するのが困難になって。
――俺の出した答えは……合ってるのか?
ここに来て再確認した。自分のこれから取る行動に間違いは無いか。
「はぁ……」
一息吐いて、テラスに出た咲紀さんの隣に並んだ。
咲紀さんは俺が来た事にはもちろん気付いていると思うが、こちらを見ようとはせずにずっと俯いている。
グシグシと髪を掻き毟って空を仰いだ。真っ黒の台紙にキラキラと輝くグリッターを散りばめたように見える。
そういえば昔……三年前だったっけか。まだこの家に来て間もなかった頃……俺はいつもこうしてテラスで星を眺めていた。
まだこの家の人達と馴染めなくて辛かった時、いつも傍にいてくれたのは――――咲紀さんだった。
「へ?」
あの時の事を……隣でずっと声をかけてくれていた咲紀さんの事を思い出したら――、
「圭君? どうし――な、何で泣いてるの!?」
――自分でもよく分からないけれど、涙が溢れて来た。
「あっいや……すみません……っ……」
何で泣いてるんだ、俺は?
三年前の事を思い出したから……っていうのは少し違う気がする。
「大丈夫?」
そう言って咲紀さんは、俺の手をぎゅっと握ってくれた。――その瞬間、溢れ出る涙は完全に止まるタイミングを失った。
ボロボロと頬を伝って落ちた涙は、咲紀さんの手を濡らして行く。
「っ……!」
昔から……優しい姉や兄に憧れていた。そう思い始めたのは小学生の頃だったかな……。一人っ子の俺にとっては昼も夜も家を空ける親に代わる何かが――温かさが欲しかったんだ。
誰も構ってくれなかったから、誰かに傍にいてほしくて。
「圭君……大丈夫だよ?」
こうして安心させてくれる、誰かを求めていた。
それが……この家だった。この家の四姉妹だった。
「三年前、圭君が私達と打ち解けられなかった時……いつもここにいたよね。私……初めは星が好きなのかな~? って思ってたんだけど、圭君の横顔を見てる内に寂しいんだなって思い始めて――」
咲紀さんも、同じ事を考えていたみたいだ。
「――気付いたら好きになってた」
恋というのはそういうものなんだ、といつかの誰かが言っていた。
気付いたら始まっている……それが恋だと。
「俺――」
……俺の初恋は咲紀さんなのかもしれない。この家に来て、初めて俺に目を向けてくれた人だったから。それまでは誰かに興味を持たれるなんて事……無かったから。
じゃあ俺は初恋の人の隣に、今でも立っているのか。
「――咲紀さんから告白してもらえて、すっごい幸せ者なんだなって思いました」
俺が話す傍ら、咲紀さんは小さく横に首を振った。その仕草はまるで「そんな事無い」と言っているみたいで。
「凄く嬉しかったですよ――」
もう一度、空を仰いだ。……心なしか、先程よりも星が輝いているようにも見える。
「――初恋の人に告白されて」
この満天の星の下で……嘘なんてつけない。




