七月三日――――夜~リビング~②
「ちょっ……あんた!」
いつまで経っても俺から離れようとしない稟香を、千春が力ずくで剥がした。……俺からしたら、突き飛ばす訳にも行かなかったから正直助かった。
「何してんのよ!」
一方、千春は稟香を親の敵を見るようにして睨んでいる。……多分、自分の目の前でこんなものを見せられたのが腹に来たのだろう。
「何って――」
「――ふざけんなぁ!!!」
反論を試みた稟香を、千春が「これでもか」というくらいの大声で怒鳴りつけた。……千春がこんなに大声を出すのは、初めて見た。
いつものバスケットボールをしている時に見せるような、ボールを奪う時の目にそっくりだ。
「こいつは……圭兎は! あんただけのもんじゃないの! 付き合ってもいないくせに……独り占めすんなぁ!!」
その目には、涙が溜まっているようにも見えた。必死に何かを伝えたくて……でもそれは軽々しく言えるような内容じゃない……そんな雰囲気だ。
「圭兎は……圭兎を好きな人は……あんただけじゃない!」
ビシッと稟香に人差し指をつきつけた千春は、更に目に力を込めて稟香を睨んだ。
その様子を心配そうに見守る俺と飛鳥さんと咲紀さんは、どうする事も出来ずにただただ固まっているだけだった。
「圭兎君を好きな人って――」
「――だーかーらぁ!! 飛鳥と咲紀と……っ……!」
言いかけて、千春は口を閉じた。三人目の名前を言おうとして、「言ってはいけない事だった」というような顔をしている。
……最近、好きという感情が分からなくなって来た。今日の昼、咲紀さんに「好き」と言ったのは確かにそうだったからだ。けど、こうして全員が集まると、急に分からなくなる。
俺は誰が好きなのか。……その答えは出た。――が、その答えが正しいのか……それが分からないんだ。
咲紀さんは俺の答えを聞いて笑った。でもその『笑う』は馬鹿にしたような笑いじゃなくて、温かいもので……。
「飛鳥さんと咲紀さんと?」
でもこうして「俺の事が好き」という話をされると……どうしても分からないんだ。何が正しいのか……分からない。
「だからっ――」
俺が悩まされているのを他所に、千春はついに意を決したようにして大きく息を吸い、叫んだ。
「――あたしよ!!!」
再び室内に静寂が訪れた。俺の脳は「この状況を整理する」という任務を放棄して、完全に機能停止してしまっている。
『……あたしが何で街まで来たのか……こいつ分かってんの?』
『そういう事を言ってるんじゃなくって……あたしからしたら、アンタの応援が一番心に響くし――嬉しいの』
『あんた、あんまり誤解されるような事しない方が良いんじゃない?』
確かに……思い当たる節が無い訳では無かった。
あの時、街まで行く必要は無かったんだ。そこら辺でも売っている本を街まで買いに行った理由……。
俺からの応援が一番嬉しいと言った理由……。
好きでもない相手に「誤解されるような行動を取るな」なんて言う理由は無い。……つまり、点と点が線で繋がった。
「くぅっ……」
言い終わった千春は、頬に伝わせた涙を服の袖でごしごしと擦って――、
「だか、ら! 独り占め……すんな!」
――泣きながらそう言った。




