七月三日――――夜~リビング~①
「「「「ハッピバースデイトゥーユー、ハッピバースデイトゥーユー、ハッピバースデイ、ディア稟香(ちゃん)~! ハッピバーステイトゥーユー!おめでとう!!」」」」
その日の夜――俺達は真っ暗になったリビングで、十七歳になった稟香の誕生日パーティーを開いた。
テーブルの上のケーキには大きい蝋燭が一本と、小さいのが七本立てられている。
そして主役を四人で囲むようにして座り、歌をプレゼントした。
「ありがとうございます……」
稟香は歌を聴き終えると、咲紀さんの「火、消して!」という声に頷いて、蝋燭の火にフッと息を吹きかけた。
「「「「おめでとう!!」」」」
暗闇にパチパチパチパチ! と拍手の音だけがこだまする。
「凄く……嬉しいです」
千春が照明を点けて、次第に目が慣れて来ると――稟香が嬉しそうな、恥ずかしそうな顔で微笑んでいるのが分かった。
きっと……俺の予想でしかないが……こうして祝われた事が少ないんだろう。母親にも……多分、父親にも。
『圭兎君、お願いがあるの――稟香を――――』
「っ!」
不意に、あの日の電話の内容が頭を過ぎった。稟香の母親との……約束が。
それはとても単純で、切実で……。
「圭兎? どうした?」
目を見開いて固まっていた俺に気付いて、飛鳥さんが声をかけてくれた。その言葉に「いえ……何でも」と答えてパーティーを続けた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はいこれ、あたしから」
そしてパーティーは進み、各自用意したプレゼントを渡す事に。まずは千春がデパートで買った、あの可愛らしい猫の置物を。
「ありがとうございます……」
受け取った稟香は、丁寧に包装を剥がして中身を確認し、より一層嬉しそうに微笑んだ。……こんなに嬉しそうな笑顔を見るのは初めてかもしれない。
こんな笑顔……卑怯だ。
それから飛鳥さん、咲紀さんがプレゼントを渡して、ついには俺の番となった。そこで「ちょっと待ってて」と一言断って、玄関へ向かう。
全員の視線がこちらに集まるのを肌で感じながら、物置に隠していた小さな箱を取り出した。……まぁ、ここに隠していた理由なんてのは特に無いのだが。
「誕生日おめでとう」
そう言って、手の平よりも少しだけ大きい正方形の箱を差し出した。
「ありがとう……」
受け取った稟香は、また嬉しそうに微笑んで包装を解いて行った。そして現れたのは――、
「ボール?」
透明に近い水色のような色をしたボール。――ではないが。
「圭兎君、これって……?」
「オルゴールボール」
「オルゴール……ボール?」
俺がプレゼントしたのは、至ってシンプル。ボール状になっただけのオルゴールだ。特に何かの仕掛けがある訳でも無い。
「ネジ、回してみて」
――が、音楽を選ぶのには時間がかかった。
「……うん」
稟香は言う通りにしてネジをクルクルと五周くらい回した。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
「――!?」
そして、そこから流れて来たのは――、
「これって……お母さんが大好き……だった……」
――稟香の母親が大好きだった歌。
前に、聞いた事があったから知っていたけど、これにするかどうかは本当に迷った。
辛い事を思い出させてしまうのではないだろうか。傷つけてしまうかもしれないんじゃないか。
もしも傷付ける事になったら……嫌われるんじゃないか。
いろいろな考えがあった――けど、これにした。
「自分の大切なものを……いつまでも忘れてほしくないから。だからその音楽にした」
「圭……兎君……」
オルゴールの綺麗な音色が進むにつれて、稟香の目が潤んで行った。……きっと、今までの事やあの日の事を思い出してしまったのだろう。
「……ありがとう」
稟香は――泣き笑いの表情を見せてくれた。
「圭兎君――」
「うん?」
「――もう一つ……プレゼント貰っても良いかしら?」
そう言って稟香は、俺が「え?」と言う前に目の前まで小走りに近寄って来て――、
――キスをして来た。
「「「「っ!?」」」」
俺を含め、この場にいるほとんどが目を見開いて驚いている中……稟香と――咲紀さんだけが泣いていた。




