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七月三日――――朝~登校中~

 きたる七月三日、金曜日。

 先月の暮れ、咲紀さんと出かけた摩周湖から無事に帰って着た俺は、今日と言う日の為に、自室で色々と準備を進めていた。


「よしっ……」


 準備は万端。後は学校に行って帰って来るだけ。


「圭君ー? 準備出来たー?」


 玄関から聞こえて来る声に「はーい」と答えて慌てて玄関に向かう。大丈夫……計画的なミスは無いはずだ。


「お待たせしました」


「よし、行くか」


 飛鳥さんの声を合図に、家を出た。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ねぇ圭君……」


 学校への道を行く途中、前方で楽しそうに会話をしている三人の姉を見ていると、隣を歩く咲紀さんに声をかけられた。


「はい?」


 横目で流し見ると、咲紀さんは俯きながら口を閉じたり開いたりしている。……どうしたんだろうか? 言い辛い事でもあるのか。

 急かすのは悪いと思って黙って続きを待つ。しばらくそうしていると、先を歩く飛鳥さんと千春と別れる道まで着てしまった。


 ――ぐいっ。


「へっ?」


 不意に、制服の左肘部分を引っ張られ、立ち止まる。振り返ると咲紀さんが前髪で目が隠れるくらいに俯いていた。


「あっ、あのね圭君……お願いがあるの」


「お願い……ですか?」


 そう問い返すと、咲紀さんは「うん」と言って顔をバッと上げた。

 既に飛鳥さんと千春は先に学校に向かってしまっていて、稟香が一人、前方で俺達を待ってくれている。この雰囲気を察してくれているのか……こちらの話を聞こうという気配は無い。




「きょ、今日の昼休みに――裏庭の『ユーカリの木の下』に来てっ!」




 『ユーカリの木の下』……俺らが通う学校に言い伝えられている伝説の木だ。――裏庭にそびえ立つユーカリの木の下で自分の想いを伝えると、成就する――という。

 何故ユーカリの木の下なのかというのは、今ではユーカリ……ゆーかり……ゆかり……ゆかりという説が有力だ。


「ユーカリの……木の下、ですか?」


「うんっ」


「――分かりました」


 とりあえずこのままでは稟香に悪いと思い、そう返事をした。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


〈――――Saki side――――〉

 言っちゃったぁぁぁ……! バレたよね……何を言おうとしてるのか……。でも、帰るまでに伝えなくちゃダメなんだ。このままグズグズしてたら……後悔する。


「咲紀さん? 行きましょう?」


 圭君が私を心配して顔を覗き込んで来る。――けど、私は恥ずかしくて目を逸らした。今は……今はダメ……。

 ――今、顔を見たらきっと折れちゃうから。


「咲紀さん?」


 更に顔を覗き込まれて、ついに目が合ってしまった。

 ――黒い瞳に、全てを見透かされている様な錯覚に陥る。いつもは優しい圭君が心配した時に見せる困り顔を見てると、ついつい遠慮してしまう。

 私が困らせたと思うと、罪悪感を感じてしまう。

 伝えたい気持ちがあっても――押し殺してしまう。


「や……」


「や?」


「やっぱり良い……昼休みは……みんなと過ごして……」


「へ? ちょっ……咲紀さん!?」


 ――胸が痛くて痛くて、泣きたくなってくる。どうして私は……いつもいつもこんなに弱いんだろう。


 前方で私達を待っていてくれていた稟香ちゃんの隣を通る時に、「大丈夫ですか?」と声をかけられて、より一層苦しみが増す。


「うん……大丈夫」


 稟香ちゃんは優しいから、余計悪いと思ってしまう。私が遠慮すれば……きっとこの二人は付き合うんじゃないかって。私は邪魔になっているんじゃないかって。

 でも……二人は私を邪魔だなんて言わない。その優しさに甘えているから私は……。


「――汚いなぁ」


 一人足早に歩く歩道で呟いた。私のこの考え方は汚い。

 天を仰いで手で注がれる太陽の光を遮った。


 ――今の私は、この状態。


 暖かい太陽から与えられる光に縋って、甘えている状態。その光を断てば、自分の汚い部分ばかりが見える。


「ごめん……圭君……」


 誰にも聞こえない声で呟いた。


 ――私……また遠慮しちゃった。


 顔だけを後ろに向けて、後方の様子を伺う。――仲良さそうに会話をしている、まるでカップルの男女。

 二人はどこからどう見てもお似合いで。


 ――圭君、私……ダメだね。また稟香ちゃんに遠慮しちゃった。


 今日が今日じゃなかったら、昼休みの呼び出しを取り消したりはしなかったかもしれない。……いや、しなかった。

 けど、今日が今日だから。



 ――今日が、稟香ちゃんの誕生日だから。



 だから私は、遠慮してしまった。自分の気持ちに嘘をついて。伝えたい気持ちを封印して。


「バカだなぁ……」


 はぁ、と溜め息を吐いてもう一度天を仰いだ。太陽は、雲に隠れてしまっていた。――本当に、私の心みたい。

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