六月二十九日――――昼~エレベーター~
「うぅぅ……」
咲紀さんが閉所恐怖症になってしまったきっかけなるものは、小学校中学年の頃にかくれんぼをしていて体育館倉庫に入ったは良いものの、何も知らなかった先生に鍵を掛けられてしまったからだと言う。
それ以来、狭い場所や飛行機、病院のMRI、満員電車、密室、地下……そしてエレベーターが苦手になってしまったらしい。
「咲紀さん、ごめんなさい。そんな事とは知らずに……」
こんな事なら、階段を使えば良かったと、事情を知らなかった自分を恨む。
「ううん……言わなかった私が悪いんだもん。圭君が謝る事無いよ……」
ぎゅっと俺に抱きついたままの体勢でそう言ってくれる咲紀さんに、凄く申し訳無くなって来た。
こんなにも辛い状況の中で、俺を慰めてくれている。そんな優しい姉を知らなかったとは言え、この窮地に追いやったのは……俺だ。
「ねぇ圭君……」
ずっと抱き締めている彼女の肩が、震え始めた。
「どうしました?」
なるべくいつもと同じ声色で、促す。
「私って圭君の事……好きでしょ?」
うっ……それを言われて俺は「そうですね」とでも言えば良いのか……?
「それでね――」
良かった……話を進めてくれるみたいだ。
「――この気持ちが、圭君にとって迷惑になってない……かなって」
「へ?」
迷惑? 咲紀さんが俺を好きって言うのが……迷惑?
「ほ、ほら……私なんかより稟香ちゃんや千春や飛鳥さんの方がずっと魅力的だし、可愛いし優し――」
「――何言ってんだよ!」
そんなつもりは無かったのに、声を荒げてしまった。――でも、咲紀さんの言っている事に黙っているつもりは毛頭無い。
「け、圭……君?」
「確かに俺は好きって言われて……揺らぐ事はある……けど! それを迷惑だなんて思った事、一度も無い!
自分の事を好きって言ってくれてる人を迷惑に思うとか……そんな訳無いでしょ……」
「ご、ごめん……」
ここが暗くて、良かったかもしれない……。
「それに――」
もしも電気が点いていたら、顔が真っ赤なのがバレるところだった。
「――咲紀さんだって魅力的ですよ」
こんな恥ずかしい台詞を言わせたんだから、この人は十分魅力的だ。保証する。いつも周りを気遣ってくれていて、優しい言葉をかけてくれる……こんなに魅力的な女性、俺にはもったいないと思えてしまう。
「……ありがとう」
エレベーター内に、鼻を啜る音が響く。
その沈黙を打ち破るようにして、「そういえば」と口を開く。
「どうしたの?」
「摩周湖……どうして今日行ったのか、教えてもらえませんか?」
きっと教えてくれないだろうけど、という気持ちで訊いてみた。何事もやってみなければ分からないし、変わらない。
「ふふっ……良いよ?」
「へ?」
思いがけない返答に、間抜けな声が出てしまう。それを聞いた咲紀さんは「なぁに? 自分から訊いたのに」と、また笑っていた。
「今日って、曇ってるでしょ?」
「は、はい」
やっぱり曇りの日に行くというのは関係していた様だ。
「摩周湖ってね、こんなお話があるの――」
そこで少しだけタメを作ってから、咲紀さんは一層俺に強く抱きついて言った。
「――曇りの日に摩周湖を訪れた男女は……結ばれるって」
……本当にここが、真っ暗で良かった。




