六月二十八日――――デパート~後半戦~
「っと、そろそろ時間になりますね」
ちらりと店内の壁掛け時計を見ると、後二分足らずで交替の時間になってしまうところだった。今居る場所から待ち合わせ場所まではそう距離は無い。歩いて向かっても十分に間に合うだろう。
「……ん」
――だが、約束の時間は必ず守る千春の歯切れは、悪かった。
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「お待たせしました」
あれから千春の足取りが徐々に遅くなって、結局時間ギリギリになってしまった。
……飛鳥さんを待たせるっていう事だけは、しなさそうなのにな……。
「いいや、待ってないぞ」
綺麗な微笑みを浮かべて言う飛鳥さんを見て、千春が少し悲しげな表情をして見せた。
「それじゃあ行きましょうか」
ここからは飛鳥さんとの行動になる。三十分間、失礼の無いようにしなければ、とつい身構えてしまう。いつもは気にしないけど、何だかんだで二つ上の先輩と接しているのと同じだからな。
「それじゃあ三十分後に」
そう言って飛鳥さんと二人で歩き出すと――、
ぎゅっ。
「へ?」
――手を握られた。
「ちょっ! 何を――」
「――行くぞ、圭兎」
そのまま歩き出す彼女に引っ張られるようにして、歩き出す。周りから見ればただのカップルだろう。……けど。
千春だけは俺達を、いくつかの感情が入り混じったような複雑な表情で見ていた。
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「買う物の検討とかってついてるんですか?」
「実はな、もう買ったんだ」
「へ?」
飛鳥さんと行動し始めてすぐに、驚愕の事実が。……ってそうだよな……三十分もあったらもう買っちゃうよな。
……という訳で俺達は目的は無いけれども三十分間、二人で店を回る事になった。
雑貨店、書店、そして何故か家具店までも。……何故に家具?
「三十分なんてあっという間だな……」
残り時間が少なくなって、飛鳥さんがそう呟いた。まぁ実際、三十分があっという間というのはそうだろう。行動してしまうと本当に短い時間だ。でもこの三十分が……将来、凄く貴重な時間になってたりして。
「そろそろ戻りましょうか」
待ち合わせの場所は変わっていないが、今いる階ではないので少しばかり急ぐ必要がある。
「ん」
飛鳥さんはそう短く返事をして、俺の手を引っ張り始めた。――待ち合わせとは逆方向に。
「あっちょっと飛鳥さん? 逆ですよ?」
と言う俺の言葉を聞いているのかは分からないが……飛鳥さんは構わずに歩き続けている。手を離そうにも、この人混みじゃあすぐに逸れるのがオチだし、何より飛鳥さんのこの握力から逃れる事は不可能に近い。
そのまま歩く事、数十秒。
「圭兎――」
人気の無い階段の、三階と四階の間の踊り場。
「な、何ですか?」
待ち合わせまでもう余裕が無いという事と、飛鳥さんがの神妙な面持ちに戸惑いを隠せない。
「――大好きだ」
……だからいきなりのキスには、面食らってしまった。




