六月二十八日――――デパート~前半戦~
「圭兎、あっちに行こう」
「こっち来て!」
巨大デパートに着いた途端、完全に二人が子供と化してしまった。あっち行きたいこっち行きたいの連発は勘弁してほしい……。
「ちょっと二人共、聞いて下さい」
「何だ」
「何よ」
「俺の体は二つじゃないんですよ? これじゃあ目的も果たせませんし、交替で回りましょう?」
二人は妥当な提案に「う~ん」と考え込みながらも、渋々といった感じで賛成してくれた。……いや、渋々の意味が分からない。
という事で俺は聖なるじゃんけんの結果、初めの三十分を千春と、後の三十分を飛鳥さんと回る事になった。……これで負担がとりあえずは半減しただろう。
「それじゃあ三十分後にここで」
飛鳥さんにそう言って、先程千春が行きたいと言っていた店の中へ。
「へぇ……色々揃ってますね」
千春が指差した店は、雑貨が中心的のオシャレな店だった。いかにも女子が集まって着そうな雰囲気。
「稟香って何が好きなんだろ……」
商品を手に取っては戻し、を繰り返す千春。
彼女は絶対と言える確立で、俺に「何が良い?」なんて訊いて来ないだろう。それが彼女であり、橋﨑家の人間だから。
「う~ん……決めたっ!」
悩む事五分。
千春は睨めっこを続けた結果、可愛らしい猫の置物を持ってレジへと小走りに駆け寄って行った。……確かに、稟香が猫っていうのはイメージ有るかもしれない……。
猫は猫でもただ可愛いっていうのじゃなくて、小悪魔っぽい猫がピッタリすぎる。
「……時間余っちゃった……。戻る?」
「へ? いや、このまま回りましょうよ?」
「えっ……? あぁ……うん」
時間はまだ二十分以上は残っている。このまま戻るなんてもったいないだろう。それに、飛鳥さんだってもうどこか回っている頃だろうし。
……それなのに千春の返事は煮え切らなかった。
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「ねぇ……」
一通り二階フロアに立ち並ぶ店を見回った俺達は、行く宛も無いので残りの十分をカフェで持て余していた。この店のコーヒーは美味しいと有名だったから飲んでみたかったし、千春が「甘い物食べたい」と言い出したってのもある。
……それにしても、何で女子って甘い物に目が無いんだろうか。
「どうしたんですか?」
千春が残り半分となったパフェをかき混ぜながら口を開く。
「前から気になってたんだけどさぁ……あんた何で稟香を呼び捨てにして、しかもタメなの?」
それは……一番訊いてほしくなかった。
稟香の母親との一件があった後、家でも呼び捨てにしてタメ口を使っていたのだが、特に何も言われる事は無かった。……まぁ、咲紀さんはジト目を向けて来ていたけど。それでも言及される事は無かった。
……だからセーフだと……思ってたんだけどなぁ。
「いや……それは……。まぁ、いろいろあって」
あまり人の事をべらべら話すのは良くないだろう。事情が事情だし……。
「あっそ。別に良いけどさぁ……」
む……どうしたこの煮え切らない態度は。さっきからそうだったけど、こんなのは千春らしくない。
「あんた、あんまり誤解されるような事しない方が良いんじゃない?」
「ご、誤解?」
急に神妙な顔つきになった千春に、たじろいでしまう。いつもの愛くるしい目つきはバスケをする時のそれになっている。
「だーかーらー、あんたの事を好きな子が誤解しないような行動しなさいって事」
「俺の事を好きな子……?」
三人の顔が、脳裏を過ぎった。
稟香は俺に「好きです」と言ってくれた。
咲紀さんは俺を「好きなんだ」と言ってくれた。
飛鳥さんは「三年前からずっと好きだった」と言ってくれた。
三者三様で、俺に好意を示してくれた。
その三人に、誤解されないような行動を取れ……と。
「あんたの事が好きな子――」
俺が思案している中、千春は口を開く。
「――少なくても四人はいるんだから」
「へっ?」
四……人?
稟香と、咲紀さんと、飛鳥さんと……誰? 俺の学校の女子の事を違う学校に通う千春が知っているはずもないし……。
「よ、四人って誰ですか?」
「さぁ?」
俺が気になって訊くも、千春はそう言って口の端を吊り上げるだけだった。
「ほら、さっさと行こ。飛鳥を待たせるの嫌だから」
「え? ちょ、ちょっと!」
俺を置いてカフェから出て行こうとする千春を追いかけて思う。
……もしかしたら、四人っていうのは嘘なんじゃないか、と。
疑り深いのは良い事じゃない。けど、これは信じられないから……仕方ない。
「待って下さいよ!」
「~~~♪」
俺の前を歩く千春が、さっきよりも明らかに上機嫌になっているのは……気のせいだと思いたい。




